今野 敏 NS-03 | ||
レコーディング殺人事件 |
本作の文庫版解説を読んで知ったが、今野敏さんが大学卒業後最初に入社した会社は、当時の東芝EMIであった。ディレクターや宣伝担当として、音楽業界の最前線にいたのである。空手に茶道に音楽に…何とまあ多彩な経歴かと改めて思う。
深夜のスタジオの地下駐車場で、移籍を主張する人気歌手の本多勇造を、所属事務所の部長倉橋達夫が殺害する。読者には犯人がわかっている、倒叙ミステリーの様相を呈する序盤。倉橋は、アリバイトリックで容疑からまんまと逃れたはずだった…。
このトリックというのが極めて単純だが、こんな綱渡りの殺人計画をよく遂行したものである。しかし、冷静な実行力の一方、あまりに短絡的というか何というか。事務所の移籍だの独立だのを巡るいざこざは、現実の芸能界でも珍しくはないが。
倉橋のアリバイがいかにして崩れていくかが焦点かと思いきや、本作の真の中心人物は、田所という腕利きのミキサーである。田所はかつて暴力団の構成員であり、殺人の罪を被って服役していた。田所は、倉橋の抜擢で音楽業界に足場を築くことができた。
この田所というのが、元極道らしく義理堅い漢(おとこ)である。当然倉橋には恩義を感じていたし、暴力団時代の兄貴分を今でも兄貴と呼ぶ。チンピラの暴力にも、警察の追及にも、決して音を上げない。そんな彼が、どう幕引きを図るのかが読みどころ。
基本はミステリーながら、格闘物、任侠物、警察物の要素もある。そして何より、本作の背景にある音楽業界の描写。現在のレコーディング現場は様変わりしているのだろうが、さすがに音楽業界出身だけあって、臨場感に溢れている。
すいすいと読めるため、読後感が軽いと受け取られるかもしれない。だが、本作は今野敏さんの3作目という初期の作品にも関わらず、その後の今野敏作品を構成するあらゆる要素が満載だ。今読み返すことに大きな意味がある作品ではないか。