今野 敏 NS-07


25時のシンデレラ


2013/08/31

 初期の今野敏作品が、また1つ文庫化された。初版刊行は21年前。『デビュー』と改題された本作の主人公は、何とアイドル歌手だ。

 ところが、そのアイドル・高梨美和子の正体は…17歳でカリフォルニア大学バークレー校を卒業、19歳で理論物理学と哲学の修士号を取ったという天才なのだった。当然博士号取得も目指しているが、童顔の美和子は「17歳」としてデビューすることに…。

 うーむ、そもそもどうして期間限定でアイドルをやろうと思ったのだろう。単なる好奇心なのか、何か意図があるのか。それはともかく、本作は、今では見かけなくなった単純明快な勧善懲悪ものである。芸能界に巣食う悪を、アイドルが叩く。

 「嘘は罪?」。デビューイベントでいきなり殺人事件発生。芸能界にはつきものの話。おそらく現実にも、現代でも。「ラブ・フォー・セール」。僕には縁のない話だが、あながち作り話とも思えない。「悪い遊びは高くつくわよ!」ここまで悪質な例はない…とは言い切れまい。

 「虚栄がお好き?」。好きじゃないと務まらない世界なのだろう。「危険なおみやげをどうぞ」。ロケで巻き込まれたトラブル。ここまでありそうな話が続いていたが、これはさすがにない…か? 「その一言にご用心」。芸能人たるもの、スキャンダルを利用してなんぼ?

 芸能界で黙認されてきた「必要悪」を、美和子は許せないのだ。美和子に目をつけられた時点で、相手の破滅は決まっている。作戦を立案し、自ら囮にもなる美和子。そんな彼女に気を揉みつつ、協力するマネージャーの岡田と、作曲家の井上。

 そして誰より、肉体派の長谷部。ハリウッドで『殴られ屋のサム』として鳴らしたスタントマンで、腕っ節は滅法強い。美和子の作戦は、長谷部がいてこそ成立すると言っていい。基本は理性的な人物だが、裏社会の人間相手には一切容赦なし…。

 というわけで、美和子が目をつける→囮になる→危機一髪で長谷部登場というパターンの繰り返しなのだが、最後の「25時のシンデレラ」だけはひねっていると書いておこう。美和子のアイドル活動も終わりが近づいていた。彼女の本分はあくまで研究なのだ。



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