今野 敏 ST-00


化合


2011/07/19

 本作は、STシリーズに登場する警視庁捜査一課の菊川刑事の若かりし頃の物語である。STシリーズではベテラン刑事の菊川にも、当然ながら駆け出しの時代があった。百合根の上司である三枝も、一捜査員として登場している。

 板橋区内の公園でイベントサークル主宰の男性が刺殺された。バブル絶頂期にはかなり稼いだらしいが、今では資金繰りに苦労していた。捜査の過程で浮かび上がる男女関係、そして男に金を貸し、返済を迫っていたという金融業者の存在。

 まず時代設定に注目したい。1990年といえばバブル崩壊直後。そして、現在では常識である科学捜査の黎明期でもある。現在ほど証拠能力がないために、検察主導の乱暴な捜査を許してしまうことになる。検事は自白され取ればいいと考えている。

 本庁捜査一課に転属して日が浅い菊川とコンビを組むのは、板橋署の滝下。菊川の目には、滝下が熱意の欠片もないように映る。滝下は菊川に言う。検事が被疑者だと決めたやつが被疑者だ。検事の意向に沿った証拠を集めるのが駒の仕事だ。

 この他にも、司法のあり方を疑わせる記述が連発する。おいおいそれじゃ冤罪なんて珍しくないじゃないか…。当時の刑事捜査ってこんなもんだったの? とにかく、落ちてしまったら救えない。それまでに、検事を説得できる証拠を集められるかどうか。

 エンタメ色が濃いSTシリーズと比較すれば、硬派な熱血警察小説と言える。検事の方針に逆らうと決めた以上は、上層部も腹を括る。滝下は別人のように動き出し、若き菊川もついていく。菊川は、滝下から刑事の何たるかを学んでいく。

 最終的にDNA鑑定が行われるが、現在ほどの精度はない。作中では一致率90%以上となっていた。ここで思い出すのは足利事件で有罪とされた菅家利和氏である。発生は本作の事件と同じ1990年。菅家氏はDNA鑑定を根拠に有罪とされたが、2009年の再鑑定で当時の鑑定は誤りとされた。それを思えば、冒険をしたとも言えるのである。

 最後が呆気ないという気もするが、本作が示唆するものは多いと思う。



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