今野 敏 ST-07

ST 警視庁科学特捜班

緑の調査ファイル

2009/04/05

 STメンバー5人にスポットを当てた「色」シリーズの第4弾。今回の主役は、STメンバーの紅一点、物理担当結城翠。美貌と驚異的聴覚の持ち主ながら、これまで地味な活躍に留まっていた翠だったが、今回は翠でなければ真相に迫ることはできなかった。

 来日中の人気バイオリニスト・柚木優子の、1億円の名器ストラディバリウスが盗まれた。リハーサル中にすり替えられたという。STが出動するが、翠だけは何かに気づいているらしい。翠の能力に興味を示す、新進気鋭の指揮者・辛島秋仁。

 シリーズ初、盗難事件でSTが出動する。盗犯は捜査三課の担当だが、なぜか捜査一課の菊川も現場に行くという…。いかにも叩き上げの刑事という菊川に、クラシックファンという一面があるとは。しかもかなりの筋金入り。同じくクラシックファンの青山と、すっかり意気投合する。仕事そっちのけの姿に、菊川の印象が大きく変わるだろう。

 クラシックに疎い僕は、生でフルオーケストラを聴いたことはない。CDは高周波の音をカットするので、クラシックには向かないとは聞くけれど、僕の耳でDVDオーディオとの違いがわかるのか。ましてや、名器の音などわかるのか。翠以外の何人にわかるのか。

 珍しく殺人がないので、これまでと雰囲気が違うなあと思ったら、結局殺人が起きて…。ストラディバリウスすり替えと、密室殺人。2つの謎が焦点となるが、トリックに期待してはならない。事件の裏にある関係者の苦悩こそが読みどころ。解決の筋道をつけたのは青山だが、実証したのは翠だ。驚異的聴覚の持ち主故に、苦悩をにじませる。

 現実にこんなことが明らかになったとしたら、ネットを含む各メディアでバッシングの嵐が起きるだろう。しかも、ろくにクラシックを知らない有象無象が便乗するだろう。ネットの書き込みを鵜呑みにし、さらなる「炎上」に加担していく事例は後を絶たない。

 ノイズキャンセリング・ヘッドホンをしている翠。本作は、音楽を扱う一方、情報過多の現代人に警鐘を鳴らしてはいないか。「情報の耳栓」という言葉が印象に残る。



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