倉知 淳 06


壺中の天国


2005/12/05

 これから倉知淳さんの作品を読もうとしている方には、本作を最初に読まないことをお薦めしたい。他の作品で倉知さんの作風を知ってから読むべきだろう。

 静かな地方都市稲岡市で見つかった怪文書。それは同市で発生した通り魔殺人の犯行声明のようであった。第二、第三の事件が起きるごとにバラ撒かれる「電波系」怪文書。互いに無関係に思える被害者達を結ぶ共通点があるのか?

 本作は第1回本格ミステリ大賞受賞作品だが、ミステリーとして読むとあまりにも贅肉が多い。このネタでこの長さにするか。被害者たちを結ぶミッシング・リンクに唖然。ここまで読んできてこれ? 人を食うにもほどがある。確かに伏線はありましたけども。釈然としないながらも許せる気になったのは、猫丸先輩のおかげです。

 むしろ、ミステリー的には無駄に思える贅肉の部分にこそ、本作のテーマが内包されているように思う。タイトルにもなっている中国の故事、壺中(こちゅう)の天。自分の好きなもの、熱中できるものがある世界。要するに「おたく」万歳。決して悪い意味ではなく。

 主人公である未婚の母知子は盆栽に打ち込む。知子が働くクリーニング店の店主は発明好き。ラジコンヘリが好きな同級生隈田。占いマニアに投書マニアに健康マニア。知子の同級生正太郎の絵画教室のエピソードには考えさせられるじゃないか。夢中になれるものがあるって素晴らしい。ただし、人に迷惑をかけなければの話だが。

 人間誰しも偏った考えを持っている。それを制御し切れず、犯罪に発展する例は現実社会でも後を絶たない。読みにくさに閉口する、支離滅裂としか言いようがない怪文書の主張を、狂人の一言で済ませるのは簡単である。だが、実はヒントがここにもそこにも…。

 現実の事件としてありそうな話だけに、逆にミステリーのネタとして用いるのは難しい。そこにミッシング・リンクの謎や数々の伏線を織り交ぜ、ぎりぎりの線で本格ミステリとして成立させているような作品かな。よく練られてはいるものの、やっぱり個人的評価はかなり微妙である。ここまで長くなければ、もう少し評価が上だったかも。



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