京極夏彦 02


魍魎の匣


2000/06/21

 本作を読んでいて、心底ぞくりとさせられたシーンがある。本編に挿入された、『匣の中の娘』と題された、謎めいた小説。本来文字があるべき場所が、所々黒い四角形で埋め尽くされていた。このページを見たとき、僕の目の前に血にまみれた原稿が瞬時に浮かんできたのだった…。

 シリーズ2作目となる本作は日本推理作家協会賞に輝き、京極さんの人気は一気にブレイクした。内容は前作に劣らぬほど衝撃的だ。

 多発する美少女バラバラ殺人事件。事件を追うことになった関口たちは、奇妙な箱型の建物に迷い込んだ。この奇妙な箱―美馬坂近代医学研究所―の中には、列車に轢かれて瀕死の重傷を負った少女が搬送されていた。ところが、少女は忽然と姿を消した…。やがて、黒衣の陰陽師は、真相を明らかにするべく「匣」の中へ…。

 まず、この「匣」の大胆な設定に驚かされる。ましてや、時代は戦後である。現代科学をもってしても、実現するにはこの「匣」のような規模にならざるを得ないと聞いたことがある。当時このような壮大な試みを行った人物がいたとしたら、間違いなく歴史に名を刻んでいただろう。しかし、時代考証など大した問題ではない。

 バラバラ殺人事件の真犯人が捕われた、戦慄すべき妄想。彼もまた、「匣」に憑かれていた。捜査陣が家宅捜索の結果目にしたものは。そして、彼が最後にたどった道は…。僕の驚きは、今でも読んだ当時のままに鮮明だ。「みつしり」という奇妙な擬態語が、不気味なまでに印象深い。

 もう一つ強く印象に残っているのは、犯罪者を特別視することに対し、京極堂が警鐘を鳴らしていることだ。犯罪者を異常だと片付けてしまうのは簡単である。実際、僕も正常だとは思わない。では、正常の基準とは何なのだろう?

 「正常」という常識人の拠り所が、如何にあやふやで頼りないものか。きっかけさえあれば、誰にでも一線を踏み越えてしまう可能性がある。このことを、京極堂は強く訴えている。もちろん、犯罪は許せない。しかし、決して対岸の火事ではないのだ。

 個人的には、本作がシリーズの最高傑作だと思っている。



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