京極夏彦 32


死ねばいいのに


2010/05/18

 2008年9月12日付「週刊大極宮」第364号にて、京極堂シリーズや百鬼夜行シリーズの版元が講談社から他社へ移り、講談社からは新企画を立てるとアナウンスされた。そしてシリーズ新刊より先に、講談社からの新企画が刊行された。

 『死ねばいいのに』という何とも物騒なタイトル。全6編ともパターンは同じ。渡来健也と名乗る青年が、殺された鹿島亜佐美のことを聞きたいと、6人の関係者を訪ねて回る(最後はちょっと違うが…ネタばれになるのでご勘弁を)。いきなり押しかけられて、最初は露骨に迷惑そうにするのだが、いつしか彼のペースにはめられ…。

 渡来と向き合う6人には共通点がある。6人とも不満を溜め込んでいるが、結局は現状に甘んじている。こういう環境に転嫁したくなる心理は、誰にでもあるだろう。もちろんこの僕にも。だからこそ、渡来が浴びせた言葉は、そのまま読者にも突き刺さる。

 俺、頭悪いしもの知らないし。そう自らを見下げる渡来だが、とんでもない。そこいらの自己啓発書の著者より、はるかに弁が立つ。突如トップギアに入ったかと思えば、速射砲のごとく言葉を浴びせ、一気にねじ伏せる。そしてとどめの決め台詞。

 ――死ねばいいのに。

 何とも嫌ーな気分にさせられる一方、彼の言葉が正鵠を射ているのも確かなわけで。だからこそ、6人にも読者にも返す言葉がない。そしてますます嫌な気分にさせられる。どこが頭が悪いというのだ。渡来健也とは一体何者なのか。

 エンターテイメントとしては気になる点もある。一時は毎日のように報じられた、練炭自殺に硫化水素自殺。現実に、簡単に死を選ぶ者は多い。彼の言葉は、そんな自殺志願者たちの背中を押してしまうのではないか。6人には生への執着があった。だが…。

 そういえば、『笑ゥせぇるすまん』に似ているなあ。渡来は喪黒福造か?



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