京極夏彦 34


オジいサン


2011/03/24

 これまでの京極作品からは想像できない作品が届けられた。『オジいサン』というタイトル通り、主人公は72歳の独居老人、益子徳一。所帯を持つことなく定年を迎えた徳一は、毎日を慎ましく生きていた。そんな徳一の日常とは。

 高齢化社会だの無縁社会だの言われて久しい現代、男女を問わず、徳一のように生涯独身という人は珍しくなくなるだろう。いや、既に珍しくないか。だがしかし、本作に現代社会を、老後問題を斬るだのといった堅苦しい意図はない。

 本作は徳一の日常の独白である。小説というより、エッセイか徳一の日記に近い。それ故に物語としての起伏には欠けるし、盛り上がりもなく退屈だ。一方でこうも思う。徳一は読者自身の将来の姿かもしれない。否応なく老いはやって来る。

 このようなテーマを扱いながら、悲壮さをまったく感じさせないのが本作の特徴である。それというのも、徳一の人物像によるところが大きい。生真面目な徳一は、カセットテープを捨てるときどう分別すべきか、試食コーナーで食べたからには商品を買うべきか、などいちいち悩む。根底には、自分は生きさせてもらっている、人様に迷惑はかけまい、という精神がある。現代人の多くが失っているものが、徳一にはあるのである。

 身寄りも親しい友人もいない徳一でも、人と言葉を交わすときはある。けっしてつっけんどんではないし、むしろ相手のペースに流されやすい。悪徳商法に引っかからないかちょっと心配になる。徳一に振り込め詐欺は通じないだろうが。

 数少ない徳一の話し相手の中で、田中電気の二代目は本作の名脇役とでも言える存在だろう。先代の頃から田中電気で家電製品を買っていた徳一は、今でも電球1個をわざわざ田中電気で買う。そんな義理堅い徳一に、思いもよらぬ展開が待っていた。

 今のところは元気そうだが、体には気をつけてください、徳一オジいサン。



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