麻耶雄嵩 01

翼ある闇

メルカトル鮎最後の事件

2006/02/16

 本作の初版刊行は実に15年前のこと。当時、京都大学在籍中だった麻耶雄嵩さんは21歳。京大推理小説研究会の先輩に当たる綾辻行人さんは、推薦文の中で「この傑作の作者が自分ではないことが悔しくて仕方がない」とまで述べている。

 京都近郊に佇む、ヨーロッパ中世の古城と見紛うばかりの館、その名は蒼鴉(そうあ)城。舞台は整った。現当主・今鏡伊都の依頼を受け蒼鴉城に乗り込むのは、「名探偵」木更津悠也…あれ、「銘探偵」メルカトル鮎じゃないのかい? まあさて置き、役者は揃った。ところが、到着すると依頼人は首を切断されていたのだ…。賽は投げられた。

 一言で述べれば、本格ミステリのあらゆるお約束をぎっしりと詰め込んだ作品である。謎、トリック、ロジック、アリバイ、衒学趣味、意外な解決と満漢全席に匹敵するフルコース。そんな本作に、僕が序盤で感じた印象は「作り物じみているなあ」であった。

 重厚な雰囲気を作り出そうという意図はよくわかるのだが、描写や知識のひけらかし方が堂に入っているとは言えないし、若さを感じる。しかし、僕はむしろ好感を持った。本作の文章を散々にあげつらっているサイトも見かけたが、目くじらを立てるほどでもあるまい。

 罵詈雑言と絶賛を同時に浴びたという本作だが、どこが罵詈雑言派の逆鱗に触れたのだろうと考えてみる。やっぱり「見立て殺人」か(どうせわからないから言っちゃえ)。それとも、「その時奇跡が起こった」(「プロジェクトX」における田口トモロヲのナレーション風に)としか言いようがない密室トリックか。ぶははははは、こういうの僕は好きだぞ。

 構成は凝りに凝っている。第一部ラストのとんでもない推理。第二部でやっと登場したメルカトルと、木更津の対決。さらにとんでもない推理、さらにどんでん返し。何と当時の世界情勢が関係しているとは。あの言葉も今じゃ死後になっているのが惜しまれる。

 僕としては普通に楽しめた。もっと弾けてほしかったと思ったくらいである。しかし、メルカトルの役回りがお気の毒。メルカトルも木更津も再登場するようだが…。以下、ネタばれにつき既読の方のみ反転してください。実はクイーンの国名シリーズを読む予定なのだが、本作に触発されたわけではなく、ただの偶然である。これも何かの縁だろうか。



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