道尾秀介 09


鬼の跫音


2009/02/12

 道尾秀介さんの初の連作短編集とのことだが、話自体は独立している。共通しているのは、いずれもSという人物が出てくること。同一人物ではなさそうだが。

 「鈴虫」。憎い憎いSに殺意を抱いた瞬間。それから11年…刑事がやって来た。子供が学校から持ち帰った鈴虫に過剰な反応を示す、男の心理描写が興味深い。鈴虫っていうのは、美しい鳴き声と裏腹に見た目は美しいとは言えないんだよね。

 「けもの」。エリート一家で劣等感を味わっていた青年が、偶然発見したメッセージ。彼は真相を求めて現地に飛ぶ。暗号かと思ったら、わかるかそんなもん。彼が導いた結論が、あまりにも皮肉な点が秀逸。実際に起きたある事件を想起させるではないか。

 「よいぎつね」。高校時代にある事件を起こした男は、故郷を飛び出した。しかし、取材のために捨てた故郷に行かざるを得なくなる。事件の内容は徐々に明かされるが、この結末をどう解釈するか。サイコサスペンスタッチの異色の1編。

 「箱詰めの文字」。作家の自宅に、貯金箱を届けに来た青年。自分が盗み出したものだという。しかし作家には覚えがない。それもそのはず…。正直者が馬鹿を見る、実に嫌〜な展開。短編でよかった。うまく立ち回る奴が得をする世の中。

 「冬の鬼」。日記調の文体はミステリーにもよくあるが、日付を遡っていくのはありそうでなかった斬新なアイデアかもしれない。おかげで読みにくいのだが、最初の1月1日に至り明かされる真相に驚愕。そして日付順に読むと納得。嗚呼、凄絶な愛の形…。

 「悪意の顔」。ここまで色々なSが出てきたが、本編のS君のいじめはひどい。お願いしたくなるのもわかる。道尾さんらしいどんでん返しが感じられるが、どちらかといえばホラーに属するかな。本作中唯一、ハッピーエンドと言えなくもない…か?

 本作は、道尾秀介流のダークなテイストに触れる入門書として最適である。気に入ったら長編を手にとってみるのもいいだろう。ただし、「騙し」を期待する読者には必ずしも向いていない。本作収録の各編の売りは、何よりも後味の悪さなのだ。



道尾秀介著作リストに戻る