宮部みゆき 04


東京殺人暮色


2009/08/20

 数ある宮部みゆき作品の中でも、初期の作品である本作は地味な存在に違いない。『東京殺人暮色』というひねりのないタイトルからして地味。宝島社から刊行されたムック本『僕たちの好きな宮部みゆき』でも、本作は取り上げられなかった。

 文庫化の際に『東京下町殺人暮色』と改題された通り、主な舞台は下町である。ウォーターフロントと持てはやされ、次々と高層マンションが建設される。初版の「著者のことば」によれば、それらが古くからの家並み、商店街、町工場などと混じり合い、進歩的で保守的な、パズルのような街を作り上げようとしている。下町は宮部さんのルーツだ。

 13歳の八木沢順と、警視庁捜査一課の刑事である父の道雄が、下町に引っ越してきた。町内では、ある家を巡る噂で持ちきりだった。世間を騒がせていたバラバラ殺人事件と関係があるのか? 友人の後藤慎吾と、調査に乗り出す順だったが…。

 少年少女を主人公に据えることが多い宮部作品だが、刑事事件、しかも父が捜査している事件に関わらせるのは異例と言える。順は事件の当事者でもない。友人の慎吾といい、怖いもの知らずにもほどがある。それでも部活はさぼらないのが律儀だ。

 町内会が機能しなくなりつつある現在だが、人の口から噂が広がるという構図が、本作の大きなポイントに思える。本作刊行当時、携帯電話など普及していない。現在なら、悪い噂はネットを通じて爆発的に広がる。そこに人と人の繋がりはない。

 八木沢家の家政婦、ハナの存在も大きい。核家族化が叫ばれるのは今に始まったことではないが、昔は何でも教えてくれるおばあちゃんが身近にいた。世代が大きく離れたハナと、普通に交流している順。そんな順だから、大物画家の心も溶かしたのか。

 呆れた子供と呆れた大人と呆れた事件。ミステリーとして大傑作とまでは言えないだろうが、今読んでこそ考えさせられる作品かもしれない。



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