宮部みゆき 10


今夜は眠れない


2000/07/01

 いつの話だったか覚えていないが、ある人が一億円を拾ったというニュースが世間を騒がせたことがあった。その方は、それは散々な嫌がらせを受けたらしい。

 本作を読んで、ふとそんなことを思い出した。平凡なはずのサッカー少年緒方君の家庭に、ある日突然大金が舞い込む。「放浪の相場師」と呼ばれた男が、母さんに五億円を遺贈した。案の定、周囲の態度はがらりと変わる。嫌がらせは殺到するわ、男との関係を疑った父さんは家出するわ…。

 大金が絡めば、そこに人間の欲望が渦巻くのは世の常である。いくらでもどろどろした話を書けそうな設定だが、そこは宮部さんのこと、気を楽にして読める作品に仕上がっている。

 宮部さんの文体に拠るところがもちろん大きいのだが、中学生の緒方君を主人公に据えたことがポイントである。そして、やけに大人びた緒方君の親友、将棋部の島崎君の存在。彼だけは、変わらぬ態度で接してくれる。友達はつくづくありがたいものだ。緒方君は島崎君と協力して、真相の究明に乗り出す。

 五億円に託された意味が、本作の焦点である。実は、金額自体は大した問題ではない。まったく思い切った行動に出たものである。そこにあるのは、ただ無欲で純粋な思い。僕なら少しくらい懐に入れてしまおうとするだろうな、きっと。少しじゃなかったりして…。とにかく、緒方君のお父さんは反省しなさい。

 緒方君も島崎君も、つくづく思慮深く、できた少年である。緒方君はお母さんに似たのだろう。僕なら一粒くらい懐に入れてしまおうとするだろうな、きっと。一粒じゃなかったりして…。綺麗にまとまりすぎている気もするが、まあ一件落着ということで。



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