宮部みゆき 11


スナーク狩り


2000/10/31

 本作は、サスペンスとしての展開を堪能するべき作品である。それ故に、何を書いても未読の方には支障がありそうだな…。

 一言で述べるなら、本作は復讐譚である。恋人に裏切られた関沼慶子。別れた妻と娘を惨殺された織口邦夫。織口が勤める釣具店に、慶子は鉛の板を買いに来た。不審に思った織口は、彼女が散弾銃を持っていることを知る。そして動き出す、それぞれの復讐譚。

 幸いにして、今のところ僕にとって殺人事件は他人事でしかないし、殺したいほどの憎しみを誰かに抱いたこともない。殺人事件のニュースを耳にする度、人並みに怒りを覚えはするものの、記憶はすぐに風化していく。そんな僕でも、慶子と織口には大いに感情移入せざるを得ない。まったくうまいったらない。

 一線を踏み越えた人間たちと、今まさに一線を踏み越えようとする人間たち。慶子と織口の行為は、もちろん犯罪である。しかし、人間は理屈だけでは動かない。良くも悪くも、それが人間というものだから。

 易々と一線を踏み越え、人命を奪うような輩が、果たして更正するのか? 織口が抱いた疑問は、同時に関係者の、読者の疑問となって突きつけられる。仮に更正したところで、奪った命の重さに押し潰され、精神の平衡を保てないのではないか。

 二つの復讐譚が交錯した果てに、一線を踏み越えてしまったのは、果たして誰か? 読後には複雑な思いが残されるに違いない。まあ、しかし…人間の本質とは何か、などという堅いことは抜きにして、スピード感を味わうべきかな。

 憎しみは何も生まない、という言葉は小説にはあてはまらない。憎しみは哀しくも芳醇な物語となる。それが小説というものだ。そんなことを実感させられる一作だ。



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