宮部みゆき 23


人質カノン


2001/09/10

 数ある宮部作品の中でもかなり地味な存在だろう(失礼)。刊行時期からして文庫化が近いと思っていた本作だが、ようやく文庫化の運びとなった。未読の方は、この機会に是非ご一読をお勧めしたい。

 表題作「人質カノン」。偶然立ち寄ったコンビニに現れた強盗の奇妙な落し物。それは赤ちゃんの玩具、ガラガラだった。正直者が割を食ってしまうのは世の常か。作中に登場する中間管理職のその後が気になるご時世だ…。

 「十年計画」は宮部さんらしい掌編だが…パンチは今一つかな。「過去のない手帳」は、作中の大学生の気持ちも、ある女性の気持ちも何となくわかる気がする。世知辛い世の中じゃありませんか…。

 本作中最も印象に残る「八月の雪」。交通事故で右足を失って以来、家に引きこもってしまった少年。いじめや世の中の理不尽さなど、色々な社会的テーマをはらんだ作品だが、基本的には少年の再生の物語である。立ち直るために必要なのは、叱咤激励ではなくきっかけだ。そして何がきっかけになるかはわからない。

 「過ぎたこと」は、空白の五年間を思い切り省いたところが効果的。何があったのかと聞くのは野暮というものだ。「生者の特権」は、オープニングにぎょっとするが、全体的にはめでたしめでたしな話。こんな偶然の出会いはなかなかないだろうけど、早まっちゃいけませんぜ。しかし、ここまでひどいいじめっ子はいなかったと思うぞ。

 「溺れる心」は、売却予定のマンションが漏水で水浸しになってしまうという話。謝罪に訪れたきちんと着飾った女性に大いに反感を抱く和子…。うーん、ぼかされたまま終わってしまったかなあ。経済的な豊かさと心の豊かさは、必ずしも一致しないか。

 文庫版解説でも触れている通り、いじめがキーワードになっている作品が三編も収録されている。しかし、救いのない話は現実だけで沢山だ。



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