宮部みゆき 24


蒲生邸事件


2000/07/10

 宮部作品には色々な超能力者が登場するが、本作には何と時間旅行者が登場する。いくら虚構の物語とはいえ、ミステリーに時間旅行という概念を持ち込むのは、かなり危険ではないか。しかし、そんな困難な題材も、宮部さんに料理されれば極上のメインディッシュとなる。

 二・二六事件で戒厳令が敷かれている帝都・東京で、密室状況の殺人事件が起こったら―ノベルス版の著者の言葉によれば、この突飛な思いつきが本作の出発点だったという。僕は高校時代、日本史を選択していたくせして二・二六事件のことはさっぱり覚えていない。しかし、歴史に疎い方でも心配はご無用である。

 浪人生の尾崎孝史は、滞在していたホテルで火災に見舞われる。そんな孝史を救ったのは、時間旅行者の平田だった。二人が降り立ったのは、陸軍大将蒲生憲之の屋敷。今まさに、二・二六事件が勃発しようとしていた。

 何かと複雑な、蒲生家の人間関係。孝史は、平田と共に使用人として蒲生邸に身を寄せる。そんな中で、蒲生憲之大将は拳銃で頭を撃ち抜かれてしまう。孝史は事件の謎を探ろうとする。しかし、本作の読みどころはむしろ、平田の時間旅行者としての苦悩、そして事件を通じた孝史の成長の過程にある。

 時間旅行者には、未来がわかる。未来からやって来た孝史にも、もちろんわかっている。だが、それを漏らしてしまっては歴史の改ざんに繋がる。予め知っている結果を述べるのは容易い。しかし、それはフェアじゃない。だからこそ、平田は混迷の時代に身を投じた。貴之もふきも、この時代に留まった。

 例えば、A級戦犯として処刑された東條英機の政策を、現在では歴史家のみならず誰もが誤りだったと言うだろう。しかし、それは今だから言えることだ。少なくとも、東條英機は手探りで混迷の時代を生きていた。これだけは間違いのない事実である。

 現代に帰ってきた孝史は、ふきとの約束を果たす。宮部さんらしい、実に憎いラストだ。長い作品だが、宮部ファンなら是非読んでおきたい。



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