宮部みゆき 29


平成お徒歩日記


2000/12/19

 昨年の秋、深川一帯を訪れる機会があった。門前仲町を出発し、富岡八幡宮、深川江戸資料館、清澄庭園などを巡った道中は、僕の知らない東京を教えてくれた。その時にガイドブックとなったのが本作である。タイトル通り、交通機関が発達した東京を敢えて徒歩で巡った、紀行エッセイ集だ。

 実際に訪れた深川は、不思議な町だった。開発の波は、ここにも確実に及んでいる。しかしこの町は、東京化することを頑なに拒んでいる。僕は本作を読むまでまったく知らなかったのだが、深川は元々江戸の管轄下ではなかったそうである。その深川に、今なおいにしえの痕跡が多く残されているのだから面白い。

 深川の話ばかり書いてしまったが、市中引廻しのルートをたどったり、赤穂浪士の足跡を追ったりと、他にもユニークな企画が満載だ。軽妙な文体に乗せられ、すいすいと読んでしまう。そして何より、読者に自分の足で訪れてみたいと思わせる。それこそが本作の最大の魅力に違いない。純粋に読み物としても興味深いが、本作はガイドブックだと敢えて言ってしまいたい。

 まったくの余談だが、NHK衛星第一放送で世界の都市問題に関する番組を放送していた。パリに住む年配の女性は言う。パリらしさが失われた、と。東京などと比べればはるかにアイデンティティーがあるように思えるのだが、長く暮らしている人の目から見れば、それは違うらしい。宮部さんの目から見た深川も、僕の目から見た深川とは違うのだろう。

 僕の首都圏での生活は五年に満たないが、それでも東京の変貌ぶりは実感できる。しかし、本作は教えてくれる。東京はかつて、確かに江戸だった。その証しが、今でもひっそりと残されている。宮部時代物のファンなら、読まずにはいられない。

 なお、もんじゃ焼きは美味かったが、深川丼は…興味のある方は召し上がれ。



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