森 雅裕 02


モーツァルトは子守唄を歌わない


2001/11/25

 森雅裕さんは、東京芸術大学卒という経歴の持ち主である。そのためか、初期の作品には芸術をテーマにしたものが多い。江戸川乱歩賞受賞作である本作も、音楽に対する深い造詣なしにはものにできない作品だ。

 主人公はベートーヴェン。弟子のチェルニーと共に、なぜかモーツァルトの名前で発表された子守唄の謎に挑む。楽譜に隠された真実とは。

 ベートーヴェンについて僕が知っているのは、晩年聴力を失ったということくらいかな。作中でも耳の調子が悪いという設定になっている。その他については、どこまでが史実でどこまでがフィクションなのか僕にはわからない。森雅裕さんご自身も述べているが、そもそも史実が怪しいのである。重箱の隅をつつくのは野暮というもんだ。

 ここはベートーヴェンとチェルニーの師弟コンビのやり取りを楽しみたい。ベートーヴェンのシニカルな台詞回しは好みが分かれるかもしれないが、犀川創平に通じるものを感じるのは僕だけだろうか。森博嗣さんの「犀川&萌絵」シリーズのファンなら楽しめるだろう。どちらも師弟コンビ。作者が同じ森さんなのは偶然か。

 ベートーヴェン以外にも良くも悪くも我の強い人物ばかりが登場するが、芸術家ってこういうもんじゃないですか。ナポレオン支配下のウィーンの風俗も興味深い。この時代を舞台に選んだからこそ、この真相は成り立つ。むう、恐ろしや…。

 僕は面白く読ませてもらったが、不満を一つ挙げると、楽譜の暗号の謎を最後まで引っ張ってほしかったかな。中盤であっさり解かれてしまうし。どうしてそんな簡単に解けるんですか、ベートーヴェン先生? 問題の楽譜は、実際に存在する曲なのだろう。この楽譜から解答文をひねり出した。ちょっと苦しいかも。

 歴史上の偉人に対して失礼極まりないとの声もあったそうだが、目くじらを立てるほどでもあるまい。確かに作中犯罪者扱いされている人物もいるが、彼らが残した音楽の価値は、これで貶められるほどちっぽけじゃないだろう。



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