乃南アサ 19


凍える牙


2000/09/01

 キャリアウーマンなんて言葉はもはや死語に近い御時世である。そもそも仕事に男も女もないのだが。しかし、厳然たる壁が存在しているのもまた事実。その最たる例が、警察機構だろう。もちろん、多くの婦人警察官が働いているが、女性の刑事は稀な存在に違いない。

 深夜のファミリーレストランで、突如男が炎上するという事件が発生した。男の遺体には、獣のものらしき咬傷が残されていた。警視庁機動捜査隊所属の音道貴子巡査は、ベテラン刑事の滝沢とコンビを組むことになる。やがて、同じ獣の仕業と考えられる咬殺事件が続発する…。男性炎上事件との関連性は?

 本作には、男性社会の中で孤独な闘いに挑む女性の物語、という一面はもちろんあるだろう。しかし、貴子と滝沢、両者の視点で描いているところが、本作の成功の要因ではないだろうか。貴子とコンビを組んだ滝沢は、絵に描いたような叩き上げの刑事である。一方で、貴子にも刑事としての自負がある。パートナーに対する苛立ちを隠さない、貴子と滝沢。そんな水と油のような二人が、徐々にお互いを認め合っていく。

 貴子と滝沢の家庭事情など、色々と読みどころは多いが、やはり獣の存在を挙げなければならない。たかが動物にここまでできるものか。そんなケチ臭い思いは吹き飛ばされる。美しくも荘厳な、獣を前にしては。深夜の大都会を舞台に、貴子が獣を追跡するクライマックスは、心を躍らせずにはいられない。

 獣は一体何を思ったのか…それを書くことはできないが、獣は散り際さえも荘厳であった。それだけに悲しさが、人間のエゴに対する怒りが募る。

 本作は、初めて読んだ乃南作品であり、初めて読んだ宮部さん以外の女性作家の作品なのだが、僕にとっては大当たりだった。好きな作家がまた一人増えたな。これから多くの著作を読めるのが楽しみだ。



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