貫井徳郎 11


プリズム


2001/01/25

 極めて実験的な作品であり、同時に野心作だ。貫井さん曰く、「本格というよりアンチ本格」だそうである。最初に断っておこう。これから本作を読もうという方は、以下の文章には目を通さない方がいい。

 体裁としては連作短編集だが、4編すべてが同じ事件を扱っている。様々な事件関係者が、入れ替わり立ち替わり事件の真相を推理するという趣向である。

 事件そのものは至って地味である。小学校の若き女性教師が、自宅で殴殺死体となって発見される。現場には睡眠薬入りのチョコレートが残されており、司法解剖の結果彼女の胃からも睡眠薬が検出される。

 状況証拠は色々と提示されるものの、見る者によって七色に変わる被害者の人物像が、決して的を絞らせない。僕的には、貫井さんしてやったりの快作だと思っている。読者はただただ、踊らされるだけ。

 本作には珍しくあとがきがあるが、それほどに思い入れが強い作品なのだろう。それによれば、作中で語られた仮説がすべてではない。一応、ある仮説が最も真相に肉薄しているのかもしれないが、あくまで他の仮説と比較すれば、の話だ。極端な話、偽証している人物もいるかもしれないのである。果たして真相はどこに?

 『プリズム』というタイトルは言い得て妙だろう。事件は観察者によって大きく色を変える。小説についても同じことが言えないだろうか? どれほど世間で名作と絶賛されている作品でも、ある人にとっては駄作かもしれない。

 評価が大きく分かれる作品であるのは間違いない。それでいい。どのように受け止めようと、読者の自由。しかし、普遍的な価値を決めることは誰にもできない。そんな至極当たり前のことを、如実に示した作品ではないか。



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