貫井徳郎 27


灰色の虹


2010/10/25

 「冤罪」というキーワードが、近年ほど注目されたことはない。足利事件で無期懲役判決を受けた菅家利和氏の17年ぶりの釈放。郵便不正事件で起訴された厚労省の村木厚子氏の無罪判決。貫井徳郎さんが今回挑んだテーマは冤罪である。

 ただし、本作は、冤罪を訴えて司法と闘い、無罪を勝ち取るという法廷サスペンスではない。司法に屈し、すべてを失った男の復讐譚だ。

 上司殺害の容疑をかけられた青年、江木雅史。犯行時刻のアリバイを証明してくれる者は誰もいない一方、現場近くでの目撃証言から、雅史は真犯人として逮捕される。自分じゃない! しかし、刑事の恫喝に抗えず、供述調書にサインしてしまう。

 過去と現在が並行して描かれるが、過去編では、ああ冤罪とはこうして作られるのだなと納得させられる。菅家氏や村木氏もこのような目に遭ったのだろう。証拠認定が厳しくなったとされている現在もなお、こうした手法は日常茶飯事なのではないか。

 現在編では、雅史を逮捕した刑事・伊佐山、一審担当の検事・谷沢、弁護士・綾部、判事・石嶺ら関係者の仕事ぶりが描かれる。強引な捜査で鼻つまみ者扱いの伊佐山と、事務所の維持と家計に汲々とする綾部。職務に忠実な仕事人間の谷沢と石嶺。

 雅史の件には直接関係ないこれらのエピソードが、実は雅史の怒りと無念の大きさを如実に示しているのではないか。彼らの人生は唐突に終わる。伊佐山と綾部は絶頂のまま、谷沢と石嶺は問題を抱えたまま、まるで天誅のように。次の矛先は誰だ。

 過去編における雅史の苦闘は、十分に読むのが辛いが、もっと悲惨に描くこともできたはず。送検以降は比較的淡々と進むため、逆に雅史が感じたであろう無力さが伝わってくる。雅史は機械的に、殺人者に仕立て上げられていく。

 最初に被害者の共通点に気づいた山名は、雅史が冤罪であると確信を強めていく。だが、上層部は過去をほじくり返すことを認めない。あくまで、雅史の逆恨みという立場。山名の捨て身の捜査で明らかになったのは、さらに救いがない事実だった。

 しかし、本作で最も酷いと思ったのは、最後の章である。この配置はあんまりじゃないですか貫井さん。つくづくあなたはお人が悪い…。



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