貫井徳郎 28 | ||
新月譚 |
人気美人作家が絶筆した理由とは。八年前に絶筆した咲良怜花は、若い編集者の熱意にほだされ、隠してきた半生を語り始めた。貫井徳郎作品としては珍しく、女性の一人称で描かれた本作は、異色作中の異色作と言えるだろう。
女性を主人公にした例は、短編などでないことはない。何が異色なのか、それは創作のアプローチである。こちらのインタビューにある通り、貫井徳郎といえば結末の衝撃を重視した作家というイメージが強いが、本作は意図的に心理描写中心にしている。
誤解を承知で言うなら、本作はミステリーとは言い難い。しかし、読者は架空の作家である咲良怜花のエネルギーに圧倒されるだろう。そのほとんどは嫉妬、劣等感、疑心暗鬼といった負のエネルギーだが、ただ一つだけ正のエネルギーがあった。
物語は怜花が作家になる前から始まる。作家を志す経緯だけでも十分凄まじい。正直、怜花に共感はできない。だが、それは本作がつまらないからではなく、怜花を恐れているからである。僕が愛読しているのは男性作家が圧倒的に多く、数少ない女性作家もミステリー作家のみ。意図的に女性作家を避けているのは否定できない。
支障のない程度に書くと、決して叶わぬ恋愛の物語である。怜花自身もそれは承知しているが、どれだけ地位や名声を得ようとも、欲しいのはあくまで愛。そして愛ゆえに筆を折った。インモラルな愛だが、純愛物と解釈できないこともない。
貫井さんは、怜花の言霊を降ろす『蛇口』になることに徹したという。『蛇口』になるという感覚は、小説を書いたことがない一読者には到底理解できない。そのような境地に達するのは、やはり選ばれた者のみなのではないか。怜花の内面に渦巻くエネルギーが、怜花を『蛇口』にした。序盤は乗れなかったが、後半は流れるようだった。
著者名を知らずに読めば、貫井徳郎作品とは気づかなかっただろう。本作は貫井徳郎の新境地ではない。咲良怜花の情念を、貫井徳郎という蛇口が代筆したのだ。咲良怜花の出世作である『薄明の彼方』を、是非代筆してほしい。
うーむ、このエピローグは…。