荻原 浩 17


千年樹


2007/03/29

 「この木何の木気になる木♪」という某同業他社のCMが思い浮かぶ。

 百段を超える石段を登り切ると、打ち捨てられた神社の神木がある。それは樹齢千年と言われる巨大なくすの木だった。いつの時代も、巨樹は様々な人間模様を見つめてきた。荻原浩さんの新刊は、そんな巨樹にまつわる作品集だが、凝りようが半端ではない。

 各編は「過去」と「現在」を並行して描いている。まったく時代が異なるエピソードが、人間たちの思いが、千年樹を介して交錯する。過去と現在、その奇妙な符合を当人たちは知る由もない。知っているのは読者と千年樹のみ、という趣向である。

 そんな本作は、実は悲劇や嫌な話がほとんどを占める。最初の「萌芽」から、「過去」では反乱に遭って野に放たれ、「現在」ではいじめに遭って自殺を考える。しかし、巨樹が生きてきた千年という時間を考えればあまり重苦しくは感じない。むしろそれぞれの人生が味わい深いという不思議な作品集である。中にはギャグとしか思えないものも…。

 また、便宜上「過去」「現在」と書いたが、各編の時間軸はばらばらであり、「現在」の部分だけでもかなり幅がある。しかし、「現在」編の登場人物たちは互いにリンクしている。全編を読み終えてみると、「現在」編は一つの輪のように繋がっているのだ。

 と、ここまで読んで気付いた方もいるだろう。こういう趣向を得意とする作家がいるではないか。そう、伊坂幸太郎だ。文体を軽妙で洒脱にすれば、伊坂さんの作品と勘違いする読者もいるに違いない。とはいえ、伊坂作品を彷彿とさせるのは千年樹を中心に据えた結果に過ぎない。荻原さんには荻原さんにしか出せない味がある。

 そういうわけで、荻原浩を知らない伊坂幸太郎ファンには強くお薦めしたい。そして伊坂幸太郎を知らない荻原浩ファンも、この機会に読み比べてみるのも一興だろう。

 千年という時間の重みを印象付ける、切ない幕切れが待っている。



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