荻原 浩 20 | ||
愛しの座敷わらし |
何のひねりもない話だ。
会社で家庭で叩かれる父・晃一。家庭を顧みない晃一や、姑との同居に不満を募らせる母・史子。実家から呼び寄せて以来、体調が優れない祖母・澄代。学校の友人関係に悩む、反抗期の姉・梓美。小さいころは喘息に悩まされ、今でも体が心配な弟・智也。そして愛犬のクッキー。サザエさん一家よりはるかに典型的な日本の家庭。
そんな高橋一家が、晃一の地方支店への転勤に伴い、東京から田舎に引っ越すことになった。新居は、晃一が一目ぼれして決めた広大な旧家。家族の反対を押し切り、慣れない環境での生活が始まるが、その旧家には…何かが住み着いていた。
簡単に言ってしまうと、田舎暮らしを通じた家族の再生の物語である。とはいえ、高橋家は崩壊しているとまでは言えない。この程度の軋轢はどの家庭にでもあるだろう。何から何までありがちな設定である。ただ一つ、座敷わらしが登場することを除いて。
高橋家の5人で視点を変えながら、これといった波風が立つこともなく、物語は静かに進む。そして一家は田舎暮らしに適応していく。田舎に、旧家に徐々に愛着が芽生える。一つ一つのエピソードは実にささやかで、感動を煽るような無粋な演出は一切ない。現代社会の縮図のような高橋家だが、安直に社会派に傾倒したりはしない。
座敷わらしは一言もしゃべらない。気がつくと家族の絆が深まっていましたとさ。めでたしめでたし。荻原作品はすべて読んでいるが、ここまでクライマックスらしいクライマックスがない作品は初めてだ。しかし、過去のどの作品よりほっとする作品でもある。
得意のユーモアは今回控えめ。味付けに凝ることなく、素材のみで勝負している点に、作家荻原浩の自信が感じられる。初出は朝日新聞夕刊紙上での連載だが、当初の路線を最後まで貫いたことは高く評価すべきだろう。
最後の一文は実に心憎い。高橋家に幸あれ。