岡嶋二人 15


コンピュータの熱い罠


2006/03/10

 個人情報の扱いには誰もが敏感になっているご時世だが、それにも関わらず流出事例は後を絶たない。単なる人為ミスだったり、アクセス権限のある人間が持ち出したり、ケースは様々だが、最近特に目立つのはファイル交換ソフト"Winny"による流出だろう。

 「個人情報」は本作のキーワードの一つだが、何と予見的な内容であることか。今読んでも十分に通用する。初版刊行当時は目新しさが注目されたに違いないが、深刻に受け止めた人がどれだけいただろう。多くの人にとっては絵空事だったのではないか。

 コンピュータ結婚相談所〈エム・システム〉にオペレータとして勤務する夏村絵里子。ある日、死亡した兄の結婚相手のデータを見せてほしいという客が訪ねてきた。もちろん見せられないが、そのデータは絵里子に疑念を抱かせる。さらに、恋人の名前を登録者リストに発見し愕然とする。彼のデータは「何かがおかしい」…。

 結婚相談所というのは〈エム・システム〉の表の顔に過ぎなかった。会社ぐるみの極秘計画。ここまで洗練(?)されていないかもしれないが、似たようなことをしている会社は絶対にあるよなあ。ここまでやられたらと思うと、迂闊には動けない。だがしかしだ。そのために絵里子の同僚の古川は殺されなければならなかったのか?

 実はもう一つの裏の顔があった。それは…うーん、設定の見事な予見性と比較すると、安直な印象を受けてしまった。そんなにうまくいくのかよ。結局、どれだけ堅牢なシステムだろうと、最後の砦は「人」ということだ。モラル任せの「性善説」は破綻し、セキュリティの分野は「性悪説」に立つのが常識である。世知辛いよねえ。

 絵里子というキャラクターはなかなか興味深い。ブラインドタッチはお手のもの。大学時代はコンピュータ研究会に所属したほどの本格派である。当時は希少だったはずの女性情報技術者を主人公に据えた点も予見的と言えるかもしれない。

 そして今日も、ネットワーク上には悪意が溢れているのだった。



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