奥田英朗 04


東京物語


2004/10/06

 ケータイのない時代の青春―初版の帯にはそう書かれていた。

 僕が大学に入学したは1990年のこと(年齢がばればれだがまあいいや)。高校卒業より一足早く、80年代は終わりを告げた。そんな僕にとって、80年代は特別な意味を持つ。僕だけではない、80年代に青春を過ごしたすべての世代にとって。

 1978年4月、18歳で上京した田村久雄。本作は80年代の東京を舞台にした奥田流青春グラフィティだ。80年代を彩ったキーワードの数々に懐かしさが込み上げる。BGMは80年代の洋楽がいいね。まったくの余談だが、当時小林克也のDJで放送していた『ベストヒットUSA』は、僕の音楽の趣味に多大な影響を与えた。

 全6編の時間は不連続で、なおかつ時系列順には並んでいない。だが、そこが本作の大きなポイント。読者に格好の想像の材料を与えてくれるからである。その間に、久雄には何が起きたのだろう。そして、その頃自分は何をしていたのだろう。

 久雄は20代のすべてを80年代に送ったが、僕は当時10代。東京はテレビの中の世界でしかなかった。本作に登場する80年代を象徴するエピソードを、僕はほとんどリアルに体験していないのだ。それでも80年代に特別な思いを抱くのはなぜなんだろう。90年代に入り、毎週欠かさなかった全米ヒットチャートのチェックはやめてしまった。

 背後に謎の組織がいるだの、国家を揺るがすだの大がかりな話ではない。だからこそ本作はいいのだ。誰もが過ごした青春時代。ここに描かれているのは、あくまで田村久雄が過ごした80年代だが、それぞれがそれぞれの青春の1ページを思い起こせばいい。こういう普通にいい話を書ける作家は、意外と見当たらないものだ。

 読者としてどうしても気になるのが、田村久雄のモデルは奥田さんご自身なのか? ということだが…それは聞かぬが花というものかな。



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