奥田英朗 05


イン・ザ・プール


2002/05/20

 うむ、奥田英朗さんという作家はなかなかに芸風が広い。

 精神科医の伊良部を訪ねる、奇妙な病気に悩む人間たち。それぞれに切実な事情を抱えた者たちに、伊良部が施した治療とは?

 …と書いたが、治療なんぞまったくしていない。こんなヤブ医者には絶対お世話になりたくないぞ。しかし、結果的には患者(なのか?)の悩みは解消してしまうところに、本作の面白さがある。実は名医か、伊良部医師? いや絶対ヤブだ。

 基本的にコミカルな作品集だ。「勃ちっぱなし」(内容は各自ご想像のこと)なんか通勤電車で読んではいけない。しかし、軽妙なタッチながら現代社会の歪みを巧みに描いている作品もあることに注目したい。本作に登場する患者たちは、何らかの脅迫観念に捕われた現代人を具現している。

 例えば、「コンパニオン」に登場するコンパニオン(そのまんま)。視線を意識し、容貌を保つことに余念がない。見られるという快感は、見られるという恐怖の裏返しだ。自意識過剰が生んだジレンマ。これは男にも当てはまるだろう。無頓着すぎるのも困るけどさ、やたらと整った眉はどうにかならんか。茶髪はもう見慣れたが。

 例えば、「フレンズ」に登場するケータイ(敢えて片仮名で書こう)を手放せない若者。連絡が取れない恐怖。孤独への恐怖。電車に乗れば、右を向いても左を向いても一心不乱にメールを打つ人、人、人。財布を忘れるよりケータイを忘れる方が不安という人が多いらしい。僕なんかしょっちゅうケータイを忘れるが。

 現代人は何かに依存せずにはいられない。かく言う僕もネットに依存しているし、「いてもたっても」に登場するルポライターのようにたばこに依存している。当面ネットはやめられそうもないな。あらゆるしがらみに無縁な伊良部が、ちょっとだけ羨ましい。



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