奥田英朗 07


マドンナ


2002/11/05

 奥田英朗さんはまたまた違うタイプの作品を世に送り出した。

 本作は、中間管理職の代表中の代表、課長にスポットを当てた作品集だが、管理職に限らず企業人なら頷ける点が多いのではないだろうか。入社して年を経れば、誰でも会社というものが見えてくる。現実は『サラリーマン金太郎』のようにはいかない。

 皆さん会社で悩んで家庭で悩む。世界を股にかけるビジネスマンの物語ではなく、あくまで職場と家庭が舞台。ありそうでなかった作品集ではないだろうか。

 部下に恋心が芽生える表題作「マドンナ」。妻にはしっかり察知され、男の部下に対抗心を燃やす。夫の人間臭さと妻の度量の深さ。お互い浮気の心配はなさそうだ。

 「ダンス」はよくある話だろうなあ。ダンサーを目指したいという息子。反対する父親は、きっと同期の課長と息子を、一匹狼を貫く男と夢を追う若者を、重ねて見ているのだろう。それは自分にできなかった生き方への憧憬か。

 「総務は女房」は僕自身耳が痛い話である。主人公は営業部隊の最前線で会社を支えてきたと自負している男。僕は技術屋だが、この主人公のような感覚が、心の中に潜んではいないか。時に首をもたげはしないか。また、「ボス」のように付け入る隙のない同い年の女性上司を持ったらどうするだろう。

 最後の「パティオ」は、親と離れて暮らす社会人なら訴えるものがあるだろう。僕自身、そうした社会人の端くれである。親のことはいつでも気になる。長期連休にはなるべく帰る。帰ってもごろごろ寝てるだけだが、僕にできるのはそれだけだから。

 普通のサラリーマンが普通に悩む、普通にいい話。だから誰でも感情移入できる。誰でも温かい気持ちになれる。本作はそんな素敵な作品集だ。甘い? 甘くたっていいんだ。僕もちょっとだけ元気をもらった気がする。ありがとう奥田さん。



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