奥田英朗 12


サウスバウンド


2005/07/07

 待望の新刊の帯には、「直木賞受賞第一作」という文字がでかでかと踊る。だからどうしたというのだ。そんなことは本作の面白さとは関係ない。

 小学六年生になった上原二郎の父親一郎は、何と元過激派。最初から知っていたわけではない。父は会社へ行かず、大抵家にいる。父親とはそういうものだと思っていたら、友人の家は違うらしい。国が嫌いで、税金など払わない、義務教育など押し付けだなどと言う。

 「元過激派」という設定は、色々デリケートな問題をはらんでいるし、あまり触れたくないネタではある。しかし、辛気臭くなりがちな設定を、ここまで一級の冒険譚にしてしまう。そもそも父一郎は、群れることを嫌う一匹狼なのだ。こんな物語をどうして思いつくのだろう。

 中野に暮らし、友人たちと寄り道するどこにでもいる小学生の二郎。運悪く不良中学生のカツに目を付けられてしまう。しかし、息子の危機に手を差し伸べない父。代わりに助けてくれたのは…読んで確かめてください。カツの一言をきっかけに渦巻く疑問が、第一部のポイント。母はなぜ父と結婚したのだろう? 姉の言葉の意味は?

 第一部のラストには切ない別れが待っている。読者はようやく意味を知る。父がなぜ「元」過激派なのか。そして、"SOUTHBOUND"のタイトル通り上原一家は南へ。

 第二部は移住した西表島が舞台となる。廃屋を修繕して暮らし始める一家。中野ではごろごろしてばかりだった父が、畑を耕し、漁に出る。二郎の目にも読者の目にも、その姿は俄然輝いて見える。「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」というCMがあったのを思い出すねえ。やがて妹の不安も消える。ここに便利さはないが、あり余る自然と人情がある。

 もちろんそのまま終わるわけはなく、父はまた一悶着起こしてしまうのだが、その姿が生き生きしているんだよなあ。そんな規格外の父が家族に向けた言葉と決意が胸に染みる。都会ではぎすぎすしていた家族が、いつの間にか結束を強める。これも自然の力か。

 第一部も第二部も、単独でも作品として成立する。第一部は雑誌連載され、第二部は書き下ろしだという。じめじめを吹き飛ばすこの爽快感は、やはり相乗効果があってこそ。

 自分も南の島に住んでみたい、などと言うつもりはない。所詮僕は、都会の便利さを捨てられない俗な人間。憧れは、容易に実行できないから憧れなんだ。



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