奥田英朗 16


町長選挙


2006/04/17

 奥田英朗さんのライフワーク(と勝手に決めた)、トンデモ精神科医伊良部シリーズの第三弾が到着である。当然ながら一気読みした。

 全4編を収録しているが、最初の2編に登場するのはあの超有名人がモデルであることは明白だ。あまりに有名すぎて何も書けないよこれ。設定が忠実すぎるくらい忠実で、報道そのまんまである。実際の本人との違いは…書けるかそんなもん。初出時点でこんな事態は予想できなかっただろう。よく刊行に踏み切ったものだ…。

 で、この超有名人たちに伊良部がどう絡んでいくのかが読みどころ…のはずなのだが、うーん、何だかあっさりしている。有名人だろうと意に介さないところだけは伊良部らしいが、ちっとも暴走していないじゃないか。患者(?)は患者で勝手に立ち直っているし。

 タイトルを書いても問題ない「カリスマ稼業」。芸能界ネタに疎いので、誰かモデルがいるのかわからない。だが、見られることを生業とする彼女たちが、並々ならぬ節制に努めていることはわかる。その点、男は歳相応でいればいいのだから気楽なもんだ。で、やっぱり伊良部の影が薄いのだった…。万事に無頓着な伊良部と、カリスマ女優の対照の妙、とでも言っておくか。我が社の社員食堂のメニューを見たら卒倒するだろう。

 最後の表題作、「町長選挙」。離島の役場に出向中の良平は、島を二分する町長選が近づき、両陣営に協力を迫られる。その真っ只中へ、あの伊良部が赴任してくる。かなり誇張気味とはいえ、僕の故郷も様々な利権が複雑に絡んでいるからよくわかるな。

 米大統領選に匹敵するネガティブキャンペーンに、有名病院の息子である伊良部への札束攻勢。そこで伊良部が下した御託宣とは? 両陣営とも、島への愛着は深い。いつの間にやらいい話になり、そしてきれいな終わり方。いいんだけどさ、何か違う…。

 今回、伊良部は見事なまでに何もしていない。それでも周囲は救われているのだから、やっぱり究極の名医か? そんな伊良部の不思議な力を描きたかったとすれば、影が薄いのは意図的なのかもしれない。でも、次は(あるよね?)もっと暴走させてくださいよ。



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