恩田 陸 03


不安な童話


2005/08/13

 ミステリーだのファンタジーだのというジャンルの境界線をぼやかし、曖昧にしてしまうのが恩田陸という作家の持ち味である。本作もまたそうした作品の一つ…だと思っていた。

 女流画家・高槻倫子の遺作展で強烈な既視感に襲われ、意識を失った古橋万由子。彼女は高槻倫子の息子から、25年前に殺された母の生まれ変わりと告げられるのだが…。

 恩田陸らしいテーマ。ところがどうだろう。実によく練られている。恩田作品でありながら、これほど起承転結がきっちりしているとは。万由子の「能力」はともかくとして、謎の解明は極めて合理的。ジャンルに拘るわけではないが、これは作り込まれたミステリーだ。

 あまり緻密なプロットを構築せずに勢いに任せて書いてしまう作家、というのが僕の恩田陸に対する認識だったので、初期にこういう作品を書いていたのは意外な発見だった。何だか恩田さんらしくないと思った僕は、本当に勝手な読者である。ごめんなさい。

 「完成度」と同時に印象的なのが、解説でも触れている文体の「軽やかさ」である。ネタ的に、重くしようと思えばいくらでも重くなるし、血を流そうと思えばいくらでも流せるだろう。恐怖を煽ることもできただろう。しかし、そうはしなかった。恩田陸初心者にも大変読みやすい作品になっている。ただし、その点を物足りないと感じる読者もいると思う。

 軽やかさの原因の一つが、万由子が秘書を務める大学教授の浦田泰山と、友人である今泉俊太郎のキャラクターである。事態を楽しんでいるかのような緊張感のなさ。しかし、泰山先生は重要な鍵を握っているのだった。恩田作品には一度きりで終わらせるには惜しいキャラクターがよく登場するなあ。ありゃ、そういえば俊太郎はどこへ行った?

 全体の軽やかさと、高槻倫子の執念が拮抗するように展開していくが、その「能力」を差し引いても強烈な人物であるのは間違いない。遺書に込められた回りくどいまでの悪意に苦笑させられる。関係ない話だが、幼少時から幻覚に悩まされているというアーティスト、草間彌生を思い出した。何となく通じるものがあるように思うのだが。



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