恩田 陸 04


三月は深き紅の淵を


2003/06/14

 読書が趣味という理由で会社の会長の別宅に招かれた功一。彼を待ち受ける好事家たちから聞かされた、屋敷内のどこかにあるという幻の本『三月は深き紅の淵を』。作者が誰かを巡って諸説が飛び交うこの本、選ばれし所有者はたった一人にたった一晩だけ貸し出すことが許されたというのだが…。

 …という第一章「待っている人々」から始まる、「作中作」と同タイトルを冠した本作。非常に困った作品である。感想を述べようにも、それどころか印象を述べようにも、一切ネタに触れないわけにはいかない。単に僕の力量不足か…。ともかく、先入観を持たずに読みたい方は、以下の文章には目を通さないようお願いしたい。

 本作は幻の本『三月は深き紅の淵を』と同様の四部作構成である。各編は物語として独立しているものの、幻の本を共通のキーワードとして結ばれているという趣向である。

 一言、本作に抱く印象は、好事家たちが幻の本について述べた印象そのものだ。魅力と同時に構成力の稚拙さが同居している。と書いてしまうと本作が稚拙だと誤解されそうだが…。例えば、第三章の哀しい物語や第四章の学園の物語はこれだけで一作になる。惜しげもなくネタを披露しているようで、詰め込みすぎの感がなきにしもあらず。

 提示された謎に対して解決がある、という構成を当たり前のものと思い込んでいるミステリーファンには必ずしも受けない作品だろうし、僕自身正直釈然としなかった。だが、魅力がないのかといえばそんなことはない。これでもかというほどの魅力に溢れている。緻密なようで緻密でない、アンバランスすれすれの危うさとでも言おうか。

 問われるのは読者の想像力と懐の深さ。安易な二番煎じは読者に相手にされない。

 ところで、幻版『三月は深き紅の淵を』の第一章のタイトルは「黒と茶の幻想」だが、同タイトルの作品を恩田さんご本人が刊行しているではないか。果たして本作との関わりは? ずるい戦略ではないか。まあ、そのうちに…。



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