恩田 陸 06


象と耳鳴り


2003/06/14

 最初に読む恩田陸さんの作品として本作を選んだ理由は、短編集なので入りやすそうだということもあるのだが、2001年版『このミス』の第6位ということが大きい。我ながら流されやすさに呆れてしまう。いいのだ、ミーハー読者でも。

 本作は、退職した元判事の関根多佳雄を主人公とする、本格ミステリーの連作短編集である。多佳雄の息子の春(しゅん)は現職検事、娘の夏は弁護士。何とも驚く法曹一家である。さぞかし理屈っぽい物語かと思いきや…。

 読み終えてみて、「鮮やかな手さばきで解き明かす論理(ロジック)の芳醇なる結晶」という裏表紙の一文には違和感を覚えた。それは出来が悪いからではない。「論理(ロジック)」というより「想像力(イマジネーション)」の方がしっくり来るからだ。多佳雄の想像力。言い換えれば、物語を紡ぎ出す恩田陸の想像力。

 もちろん、司法の現場で長年働いてきた多佳雄だけに、彼の説明には理路整然と筋が通っている。だが、単に証拠から推理するのではない。むしろ証拠が少ないケースが多い。そこで彼は、当事者の心理に思いを馳せる。当事者になり切って想像力を働かせる。そこに僕は、元判事という肩書きと裏腹な人間臭さを感じる。

 一方で春は、多佳雄の息子らしい想像力と同時に、現職検事らしい鋭さを発揮する。二人が同時に登場する作品は「海にゐるのは人魚ではない」、「待合室の冒険」の二編しかないが、対照の妙に注目したい。また、多佳雄が登場しない「机上の論理」における春と夏の推理合戦も見逃せない。夏がこの一編しか登場しないのは残念だ。

 プロフィールによれば恩田さんはS市生まれだそうだが、学生時代をS市で過ごした僕にとって、ラストを飾る「魔術師」は非常に興味深い内容をもつ。政令指定都市として肥大化するS市。そこにしっかりと謎を散りばめる心憎さ。是非、関根一家オールスターキャストでの長編化構想の実現を願いたい。

 短い一編一編に人間の光と影がある。映像化するならモノクロームが相応しい。デジタルデータではなく、フィルムにコントラストを焼き付けたい。そんな傑作作品集だ。



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