小野不由美 20


図南の翼


2001/09/16

 王を志す者は、黄海の中央に位置する五山の一つ、蓬山を目指す。これを昇山という。今回は、これまであまり詳しく描かれなかった昇山の様子を描いているのが興味深い。昇山といっても、もちろんただの登山ではない。

 黄海は妖魔の巣。本来人間の立ち入る場所ではないのだ。後を絶たない犠牲者たち。それほど苦難に満ちた昇山に、豪商の娘として育った少女、珠晶(しゅしょう)が挑む。先王の死後、荒廃する一方の恭国を憂い、彼女は家を抜け出した。

 本作は、そんな珠晶の成長記であり葛藤記である。向こう見ずなお嬢さんかと思いきや、なかなかどうして聡明でしたたかではないか。最初は見上げたお嬢さんだくらいに思っていたであろう昇山の一行は、自然と本心から珠晶を慕うようになる。

 本作の重要人物として、珠晶に護衛として雇われた頑丘(がんきゅう)を挙げなければなるまい。頑丘たち黄朱は、黄海で騎獣とするための妖獣を狩ることを生業とする。もちろん死と隣り合わせ。黄海に生き、国籍を持たない流浪の民。黄朱には黄朱のルールがある。そのルールが受け入れられず、反発する珠晶。

 黄朱にいたずらな感傷は無用。そんなものは命取りにしかならないのだから。しかし、頑丘も珠晶も、憎まれ口を叩き合いつつお互いを気に掛けているのがよくわかる。黄朱の頑丘をして、ここまで気に掛けさせる珠晶。頑丘は珠晶に雇われた立場なのだから当然といえば当然なのだが、雇った者と雇われた者以上の絆がいつの間にか育まれていく。これもまた、昇山を志す者の器なのだろうか。

 王になれなかったら黄朱になる、と語る珠晶。それは口から出任せでは決してないだろうが、無理だろう。黄朱になるには珠晶は優しすぎるから。珠晶と頑丘の絆は紛れもない本物だ。しかし、二人の生きる世界は決して交わらない。

 終章に至ると、なぜか奏国の宮殿に場面が移るが、これには理由がある。物語中のある謎が、ここで明かされる。なるほどね。さて、新たな供王のお手並み拝見だ。



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