乙一 09

GOTH

リストカット事件

2002/07/15

 誰にでもお薦めできる作品ではないことを、まずお断りしておこう。

 本作の四編目として収録された「記憶」によれば―黒っぽい服装を好み、顔は病的に白く、不健康な気配を持っている。一部ではそういった人々を"GOTH"と呼ぶ。"GOTH"とはつまり、文化でありファッションでありスタイルだ―そうである。

 そして何より―"GOTH"には人間の暗黒面に強く惹かれる嗜好があるそうだ。他人と交わる煩わしさを嫌い、猟奇的事件を追い求める、"GOTH"と分類するに相応しい高校生の男女。恋人ではないが、メンタリティーを共有する二人。

 と、ここまで書いたら言うまでもないが、本作に収録した六編はいずれも猟奇的事件を扱っている。ミステリーという虚構の世界のみならず、現実社会でも猟奇的事件の例は数限りない。一見怒りの論調を貫いているかのような報道の裏には、知りたいという純粋な興味が見え隠れする。これは受け取る側にも言えることだ。

 とはいえ、本作に登場する二人のように独自に調査活動を行い、犯人への接近を試みる人間は皆無だろう。二人を動かすのは、猟奇的事件に手を染めた犯人への興味とシンパシー。理不尽な死を遂げた犠牲者への憐れみなど微塵も感じない。ましてや正義感など感じない。ただ知りたいだけ。

 憎き猟奇殺人犯を、わずかな痕跡から執念の捜査で追い詰める…というのはよくあるパターンだが、本作は一線を画す。二人が犯人を追うというより、事件が、犯人が自然と二人に引き寄せられる。労せずして犯人に至る二人。何しろ二人は犯人と共鳴しているのだ。携帯のように電源は切れない。圏外にはならない。

 ある二編についてはかなり反則な気がするが、ここで使ってしまうにはもったいないネタではある。このくらいの秘密は、"GOTH"たる者の資質の一部なんだろうか。



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