Overseas Sir Arthur Conan Doyle

シャーロック・ホームズの生還

The Return of Sherlock Holmes

2006/06/12

※以下の文章では内容と背景に触れている箇所があります。また、本作より先に『回想のシャーロック・ホームズ』を読まれることをお勧めします。

 「最後の事件」でシャーロック・ホームズのシリーズを打ち切ったドイルだったが、その直後から読者の猛抗議を浴びることになる。その結果、とうとうシリーズを再開したのはあまりにも有名なエピソードである。打ち切りから8年後に長編『バスカヴィル家の犬』が書かれ、短編の再開はさらに2年後である。その間衰えなかった読者の熱意に感嘆する。

 第三短編集『シャーロック・ホームズの生還』は、1903年10月から1904年12月にかけて「ストランド・マガジン」に掲載された13編を収録している。長いインターバルを経たにも関わらず、ドイルの筆致は冴え、佳作揃いの作品集である。第二短編集『回想のシャーロック・ホームズ』は、ドイル自身が乗り気でないように感じられるから、なおさらである。

 シャーロック・ホームズは、自らの推理を誇示するだけではなく、しばしば人情的に事件を裁いてみせる。本作にはそうした作品が多く収録されている。このような点も、シャーロック・ホームズが現在に至るまで絶大な人気を博してきた理由ではないだろうか。

 以下、各編に簡単に触れておく。

空家事件 ―― The Empty House 1903.10

 モリアーティ教授一味との対決後の空白を見事に埋める一編。ワトスン博士が心臓発作を起こさなくて何よりである。人が悪いぞ(笑)。

ノーウッドの建築業者 ―― The Norwood Builder 1903.11

 今回ばかりは、シャーロック・ホームズ絶体絶命? 珍しく弱気な面を見せるホームズと、初めて優位に立てたレストレイド警部の嬉しくてしかたがない様子が面白い。

踊る人形 ―― The Dancing Men 1903.12

 シャーロック・ホームズのシリーズにはしばしば暗号が出てくるが、これはその極致と言える。「人形」という辺りが怪しさを醸し出していいねえ。

あやしい自転車乗り ―― The Solitary Cyclist 1904.1

 邦題が直訳ではないが、この方が合っている。なるほど怪しい…。これもうまい話の裏には…というバリエーションかな。

プライオリ・スクール ―― The Priory School 1904.2

 シャーロック・ホームズの捜査は現場に赴くことから始まる。それは本編に限ったことではないが、現場の痕跡を丹念に追っていく様子が際立っている一編。

ブラック・ピーター ―― Black Peter 1904.3

 「ブラック・ピーター」と呼ばれるだけあって実に腹黒く、悪知恵が働く奴だ。哀れな青年を救えるか、シャーロック・ホームズ?

恐喝王ミルヴァートン ―― Charles Augustus Milverton 1904.4

 シャーロック・ホームズといえども、推理ではどうにもならない相手がいる、という異色のエピソード。そこをどう攻略するかが読みたいわけで…。

六つのナポレオン胸像 ―― The Six Napoleons 1904.5

 あのシャーロック・ホームズが、解決の場面で芝居がかった演出をして、やんやの喝采を浴びるシーンが最高だな。ひねりも効いた好編。

三人の学生 ―― The Three Students 1904.6

 昔も今もよくある話。シャーロック・ホームズに登場願うほどの事件だろうか。

金ぶちの鼻眼鏡 ―― The Golden Pince-Nez 1904.7

 持ち物から人物の素性を推理するのはシャーロック・ホームズの得意とするところ。そこから展開する推理と周到さ。本格の醍醐味が味わえる一編。

スリー・クォーター失踪事件 ―― The Missing Three-Quarter 1904.8

 シャーロック・ホームズの関心の偏り具合を示す一編。なかなかに食えぬアームストロング博士と渡り合った末に、明かされる結末とは。

僧房アベイ荘園 ―― The Abbey Grange 1904.9

 酒飲みにして暴力的な当主がよく出てくるものだが、こういう事件でこそホームズ流人情裁きが冴える。彼の興味は真相を解明することのみにあるのだ。

第二の血痕 ―― The Second Stain 1904.12

 冒頭にある通り、ドイルは(ワトスンは)再度連載を打ち切るつもりだったらしい。「僧房荘園」から三ヵ月後の掲載である。引退後のホームズがロンドンを引き払って研究と養蜂に励んでいることが明かされ、最後に相応しい国際問題を題材にしている。

 しかし、読者の熱は冷めることはなかったのだった…。

原題にはすべて"The Adventure of..."が付く。
邦題は創元推理文庫版による。



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