坂木 司 07


ホテルジューシー


2008/02/07

 先月、初めて沖縄に行ってきた。2泊3日の短い旅ではあったが、本作の主人公柿生浩美の気持ちがよくわかった。沖縄に長く滞在したら、社会復帰できるのだろうか?

 夏休みのアルバイト先として、石垣島のホテルを選んだ浩美。仕事も性に合い、気持ちよく働いていたある日、那覇のホテルに行ってくれないかと頼まれる。断れない浩美。ところが、新たな職場である「ホテルジューシー」のオーナー代理ときたら…。

 まず浩美の人物像に触れておきたい。大家族で育ち、家事の手伝いはもちろん、弟や妹の面倒を見てきた浩美。よく言えば世話好きなのだが、余暇を過ごすのが下手で、何かしていないと落ち着かない。そんな性格だから人にも厳しい。実在したらさぞかし煙たがられるに違いない人物だ。僕なんぞ未だに母から「気が利かない」と言われるし。

 ホテルジューシーにはなぜか訳ありのお客さんばかり。浩美が絡んで一悶着起きないわけがない。本人がよかれと思って動いているのはわかりますよ。しかし、他人の事情を詮索しすぎるにも程がある。結果的に救われたケースもないことはないが。

 浩美の性格が最も裏目に出てしまったエピソードが、「≠(同じじゃない)」だろう。自分の中の絶対的価値観に、冷や水を浴びせられる。浩美の真っ直ぐさは長所でもあり、短所でもある。酷に聞こえるオーナー代理の言葉は、多忙な現代人へのメッセージではないか。僕がいなくても社会が立ち行かないなんてことはない。それでいいじゃないか。

 探偵役に当たるオーナー代理は、実は作中誰よりも訳ありな人物でもあるが、本人の口からは不眠症としか語られない。彼が「社会復帰」できなくなった経緯とは。「社会復帰」する浩美が知る必要はないし、知る権利もない。もちろん読者にも。探偵役としてパンチに欠けるのは否めないが、浩美に限らず放っておけないらしい。これも人徳か?

 なお、浩美の友人のサキちゃんこと叶咲子を主人公にした作品集が、先に刊行されている『シンデレラ・ティース』だそうである。同じ夏休み、浩美はホテルジューシーで働き、咲子は歯科医院で働いていた。うむ、文庫化まで待つかどうか。



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