瀬名秀明 01


パラサイト・イヴ


2000/06/15

 僕が本作を読んだのは、実は映画『パラサイト・イヴ』を観た後である。映画はそれなりに楽しめたが、原作と比較するとすっかり愛の物語に変わっているような…。ホラーとしての怖さは、原作の方がずっと上だ。映倫を通過しないであろうシーンもあるので、まあ仕方ないか。

 完全にネタばれだが、書いてしまおう。細胞を構成する一部位に過ぎない、ミトコンドリア。高校の生物の授業でうたた寝しながら聞き流していたこの言葉が、本作のキーワードである。ミトコンドリアが意思を持ち、悠久の時を経て人類を支配しようとする。この大胆な着想を得た時点で、本作の成功は決まっていたのかもしれない。

 若き生化学者である永島利明の最愛の妻、聖美が不慮の事故死を遂げる。彼女は事故に遭う前、臓器移植のドナーとなる意思を表明していた。永島は亡き妻の肝細胞を培養し、聖美の再生を試みる。しかし、"Eve1"と名付けたその細胞の正体は…。やがて、聖美の腎臓を移植された少女の肉体に異変が起きる。

 もちろん、本作はフィクションである。しかし、研究室での実験のシーンや、頻出する専門用語などは事実に即していなければならない。完全な想像の領域と、現実の医学・生理学の領域を違和感なく融合させ、説得力のある物語を作り上げた瀬名さんの手腕には、ただただ敬服するしかない。本作に描かれている様々な実験のうち半分くらいは、ご自身も実際に行っていたそうだ。

 本作の文庫版巻末で、瀬名さんは親本の専門的記述の誤りについて言及している。僕には些細なこととしか思えないそれらの誤りを訂正するのみならず、瀬名さんは誤りを指摘した研究者に対して、丁寧な謝辞を述べている。こうした誠実な姿勢が、本作を傑作たらしめたのだろう。また、本作が傑作だからこそ、本作を読んだ研究者たちからの指摘を受けられたのだろう。

 なお、映画には瀬名さんご自身もほんの一瞬だけ出演している。永島利明役の三上博史さんは、なかなか不気味な演技を見せている。



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