瀬名秀明 04


八月の博物館


2000/11/07

 待望久しい、瀬名さんの新刊がついに刊行された。本来ならば、タイトル通り八月に刊行したかったかもしれない。これまでの作品のモチーフが生化学なら、今回のモチーフは考古学だ。どう考えても瀬名さんとは結びつかないテーマを、果たしてどのように料理してくれるのか?

 一言で印象を述べると、極めて内省的に感じられる。なおかつ、小説というものの不文律を破ってしまった作品だ。図らずも「理系の作家」という冠を戴いた瀬名さんの模索の結果なのか? それともすべて計算ずくなのか? うーん、詳しく書くわけにはいかないな…。

 20年前の夏の午後。小学六年生の亨少年は、古ぼけた洋館に足を踏み入れた。そこで出会った不思議な少女、美宇。その洋館は、"ミュージアムのミュージアム"だった。亨と美宇の、時空を超えた冒険が始まる。

 亨と美宇の物語だけでも作品としては成立するが、それだけでは出来すぎたファンタジーで終わっていただろう。さらに二つの物語が、亨と美宇の物語に絡んでくる。19世紀のエジプトにおける、考古学者オーギュスト・マリエットの物語。そして、現代における悩める作家の物語。三つの物語が融合した結末は…賛否両論かな。

 本作に登場する作家の悩みは、瀬名さんの悩みでもあり、すべての作家の悩みではないか。多くの作家は割り切っているに違いない。仕事である以上、割り切ることは必要悪かもしれない。しかし、僕は本作を読み終えて切に願う。時には悩んで悩んで悩み抜いてほしい。

 本作をどのように受け止めるべきかは、読者次第である。感動する方もいるだろう。戸惑う方もいるだろう。はっきり言えるのはただ一つ。瀬名さんは確実に扉を開いた。その向こうに、読者の数だけ物語がある。



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