瀬名秀明 11

Every Breath

エヴリブレス

2008/05/22

 正直苦戦続きの瀬名秀明さんの新刊は、何とラヴ・ストーリーだという。TOKYO FMが配信するラジオドラマの原作として書き下ろされた。

 大学院の修士課程で素粒子理論を専攻していた杏子は、証券会社に就職し、クオンツ(数理解析の専門家)として新しいプログラムの開発に従事していた。ある日杏子は、ネット上の仮想社会《BREATH》に自分の分身を作る。杏子が仮想社会で出会った野下洋平という人物は、杏子が15歳のときに現実世界で恋をした相手だった――。

 瀬名秀明の作品だから手に取ったが、ただでさえラヴ・ストーリーは苦手分野。追い討ちをかけるようにそそられない設定。さらに、主人公の華麗なる経歴。理系から金融機関や商社に就職する人は珍しくはないが、理系一直線の僕には共感しにくい。

 時間軸がどんどん未来へ飛んでいき、杏子は8歳から最後には99歳になっている。同時に、作中に描かれる科学技術もどんどん現実の先を行く。携帯端末は指ではなく脳波で操作する。ナノ医療の進歩でさらに寿命は延びる。離れた場所に自身の立体映像を投射でき、しかもその場の目線を体感できる。果たして歓迎すべきことか。

 そして本作のキモと思われる、仮想社会《BREATH》。現代にも《Second Life》なるものが存在するが、はるかに進んでいる。「共鳴」するとPCの内部をスキャンし、勝手に分身を作り上げる。分身は次々と情報を吸収し、自らの意思を持つかのように仮想社会で振舞う。科学技術の進歩と同調するように、仮想社会は現実社会に近づいていく。

 仮想社会と現実社会が溶け合い、金融工学から生命の定義とはという壮大なテーマに至る。ラジオで聴くリスナーは混乱しないだろうか。と、ここまで書いて、ほとんどほめていないことに気づいた。好意的に解釈すると、どれだけ技術が進んでも、一途な思いは不変、ということなのか? 良くも悪くも瀬名さんらしくはある点が救いか。

 それにしても、これってハッピーエンドなのかどうか。



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