真保裕一 09


防壁


2000/07/22

 本作は、これから真保さんの作品を読もうとしている読者が、手軽に真保さんの魅力を味わえる入門書としてもってこいではないだろうか。長編の書き手というイメージが強い真保さんだが、短編を書かせても真保節の切れ味は変わらない。

 通称SPと呼ばれる警視庁警護課員の佐崎。海上保安庁特殊救難隊員の長瀬。陸上自衛隊不発弾処理隊員の高坂。東京消防庁消防隊員の直井…。いずれも一般人には縁がなく、それでいて命を張った過酷な任務である。だが、主人公の職業設定の珍しさだけに着目して欲しくはない。

 これらの任務に就く男たちは、もちろん並外れた体力、精神力、判断力の持ち主に違いない。しかし、決してスーパーマンではない。彼らもまた、我々一般人と同じ人間なのだ。人間である以上、悩みもするし、迷いもする。そして恐怖を感じる。彼らを支えるのは、職務に対する誇り。しかし誇りだけでは生きていけない。

 理想を言うなら、危険と隣り合わせの男たちが任務を遂行中に冷静さを欠くなど、言語道断だろう。本作の主人公たちは、いずれも動揺したり、ミスを犯したりする。そんな自分自身を罵倒する。そんな彼らの姿に、僕は大いに共感を覚える。完全無欠の主人公なんて読みたくないし、決してかっこよくはない。

 なお、「昔日」を発表したところ、陸上自衛隊第一〇二不発弾処理隊の方々は大変喜んだそうである。作中で、不発弾処理は災害派遣と並んで一般人の理解を得られる数少ない任務であると書かれている。しかし、その任務の一部始終まで知る者はいないだろうし、実際に任務に就いている男たちでなければその過酷さはわかるまい。だから、こうして作品として発表してもらうことには意義があるのだろう。

 日々命を張りつづける男たちに、心からの敬意を表する。



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