真保裕一 10 | ||
密告 |
取材巧者(?)の真保さんでも、警察相手には手を焼いたらしい。記者でもない真保さんが正面からぶつかったところで取材に応じてくれるはずもなく、あの手この手を試みた結果、担当編集者共々住所や氏名を調べられたとか。
本作刊行からさほど間を置かずに、神奈川県警の不祥事が次々に明るみに出たのは記憶に新しい。しかも、よりによって本作の舞台は神奈川県警なのであった。グッドタイミングと言うべきか、間が悪いと言うべきか…。
神奈川県警川崎中央署生活安全総務係の萱野貴之は、ある日上司の矢木沢に罵倒された。五輪出場を争った射撃の特練員時代の確執から、矢木沢の接待疑惑を密告したと思われたのだ。萱野は自らの無実を晴らすため、真の密告者を探すべく動き出す。
射撃訓練に打ち込める特別待遇にある反面、警察本来の実務には疎い特練員。日本という国では、警察官が射撃の腕を問われる機会は滅多にないのだから。成績が芳しくなければ特練員を解かれ、警察官として一からやり直さねばならない。五輪出場の夢破れ、特練員を解かれて八年…現在の萱野に再び着せられた汚名。
萱野が調査を進めるにつれて、巨大な癒着の構図が徐々に浮かび上がる。同時に描かれる、必要悪がまかり通る捜査現場の有様。読んでいて衝撃を受けるどころか、こういうものかと納得させられてしまう。哀しいかな、官公庁への信頼はそれほど地に落ちている。だからこそ本作がスリリング足り得ている事実に、苦笑してしまう。
内部から外部からの妨害工作にめげない萱野の奮闘ぶりには拍手を送りたくなるが、自分勝手だ、職権濫用だという見方も当然あるだろう。図らずも警察内部の腐敗を暴いた萱野だが、彼の目的はあくまで自らの潔白の証明という一点に尽きるのだから。その目的が、真の密告者を、またその動機を際立たせる。
神奈川県警を揺るがす壮大な展開の中、密告の真相をどのように受け止めるかは読者次第。しかし、一つだけ確かなことがある。本作は人間の心を描いた物語であるということだ。新たな夢を、萱野は見つけられるのか。