真保裕一 13


ストロボ


2000/05/02

 本作の主人公は、50歳のカメラマン喜多川光司である。業界でそれなりの地位にありながら、平凡極まりない仕事を右から左へと流していく毎日に、苛立ちが募る。俺はこれまで何をしてきたのか。そんな疑問に苛まれる。こんな俺にも熱くなる瞬間があったはずだ…。

 本作に収録した5編は、そんな喜多川の熱き日々を描いている。巻頭の作品のみ現在進行形で書かれ、以降の作品は徐々に年代をさかのぼり、喜多川の回想という形で書かれている。いつの時代も、喜多川は自問する。仕事と割り切る自分と、現状に納得できない自分の間で揺れ動く。

 喜多川自身の自嘲的な見方とは違い、僕の目から見れば彼のこれまでの人生は実に幸せだったと思う。常に納得できる仕事をしている人など、この世に一体どれだけ存在するのか。どんな仕事にせよ、やりたいことだけやって食べていくことはできない。熱くなる瞬間などそうそう訪れるものではない。

 しかし、喜多川はこれだけ熱くなる瞬間に巡り合えたのだ。これを幸せと言わずになんと言おうか。少なくとも、僕には仕事で熱くなった経験は一度もない。それは僕自身の心がけの問題かもしれないが、しがないサラリーマンの僕には、喜多川の人生が羨ましくてならない。

 何だか愚痴のようになってしまったが、本作に収録した5編は、いずれ劣らぬ熱き好編ばかりである。写真を愛するが故に、喜多川は常に自分を省みる。その姿勢があるからこそ、熱き瞬間が訪れたのだろう。僕もそのようになりたいものだ。今からでも遅くはないだろうか…。



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