真保裕一 17


発火点


2002/08/04

 講談社のメールマガジンに寄せられたメッセージによれば、真保裕一さんは胸の痛くなる小説が書きたかったそうである。そして届けられた、本作『発火点』。

 12歳の夏、少年の父親が殺害された。それから9年。過去を引きずって生きてきた敦也。父を殺したあの男が仮出所してきた。敦也はあの夏を振り返る。

 真保さんとしてもかなりの自信作であろう本作は、緻密なディテールに基づくこれまでの作品とは一線を画す仕上がりになっている。真保さんのメッセージにある目論見通りの作品だ。もちろん、これまでの作品も好きだが。

 職場の人間関係や仕事の内容。些細な不満から仕事が長続きしない。警察沙汰を起こし、大切な人を傷つける。そんな21歳の敦也。そして、父を殺された夏、西伊豆の港町で暮らしていた12歳の敦也。現在と過去、二つの敦也の物語が交互に語られる。

 不満に耐えながら日々通勤電車に揺られる世間のサラリーマンから見れば、主人公の敦也はただ甘ちゃんな今時の若者に映るだろう。それでも僕は、敦也にシンパシーを感じた。21歳の自分を重ねていた。将来の展望など何もない、お気楽な学生だった自分を。敦也のように殺されたわけではないが、その頃父が病床に伏した自分を。

 敦也だけではない。バイト先の同僚、上司。殺された父親。殺したあの男。彼らは大多数の現代人を映す鏡だ。環境に責任転嫁し、ちっぽけな優越感にすがらずには生きられない、良くも悪くも人間という生き物の本質を体現した哀しい者たちだ。自分という人間の小ささから、人は目を逸らす。気付かぬふりをする。この僕も然り。

 自分の小ささを認めた敦也は、過去を振り返る決意をする。それは恥ではない。あの男が父を殺した『発火点』の、何と馬鹿げていることか。だが、それを知ることは恥ではない。今の敦也は、僕よりずっと強い。だが、母にとってはいつまでも子供。

 母は、故郷の三陸の海は、帰省する僕を今年も優しく迎えてくれるだろう。



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