真保裕一 18 | ||
誘拐の果実 |
現実の刑事事件とは杜撰なものである。計画性の有無が法廷で争点となることは多いが、計画犯罪と称するにはあまりにもお粗末な、単に一時の感情に流された例がほとんどだと思う。迷宮入りした事件だろうとそれは同じ。
ところが、ミステリーという虚構の世界の場合はどうか。例えば、犯人が「かっとなって刺した」などと自供したら読者は本を投げ捨てたくなるだろう。虚構の事件に求められるのは、警察と知恵比べするに足る計画性。読者を惹きつけるに足る謎。
大病院の孫娘が誘拐された。犯人が身代金として要求してきたのは、入院中で株譲渡事件の渦中にある人物の「命」であった。同じ頃、もう一つの誘拐事件が進行していた。被害者宅に、血にまみれた生爪が送り付けられた…。
というわけで、真保さんの新刊は誘拐がテーマである。真保裕一ともあろう者が、単なる子供を狙った営利誘拐なんて書いてしまっては人気作家の名折れ。掴みは言うことなし。さて、肝心のその後の展開やいかに。
計画は細部に亘って緻密そのもの。警察も、マスコミも、家族も、関係者はすべて犯人の描いたシナリオから一歩も抜け出せない。動機との整合性も完璧。さすが真保裕一、当然面白かった。だが…盛り上がれなかった。スリリングなのは中盤まで。終盤に向かうほどどんどん醒めていった。こんなに面白いのにも関わらず、である。
なぜか? 一言で述べると、何もかもが緻密すぎるからだ。おいおい最初に言ったことと矛盾しているだろうと突っ込まれそうだが、僕にはこうとしか言いようがないのである。何しろ、緻密すぎて感想を書く余地もない。何を書いてもネタばれに直結するのだ。
関係者の揺れ動く心の描写は文句なしに見事。誰もが人として人間臭さを垣間見せる。瑕一つないのが玉に瑕な、緻密にすぎるシナリオとは対照的に。もちろん心打たれる人もいるだろうから、身勝手な読者の言い分として流してもらえれば幸いである。