真保裕一 35 | ||
正義をふりかざす君へ |
真保裕一さんの新刊は、久々に初期の小役人シリーズを彷彿とさせる、硬派なジャーナリスト路線である。しかも、主人公は「元」記者。
不破勝彦は別れた妻からの連絡を受けた。彼女は、市長選候補者の朝比奈亘との不倫の現場を撮られていた。写真を撮って送りつけた犯人を捜してほしいという。不破は、帰りたくもない故郷に7年ぶりに戻ることになったのだが…。
身勝手すぎる依頼に序盤から突っ込みたくなるが、不破には負い目があり、断れなかった。地元紙「信央日報」の記者だった不破は、財界有力者の娘との結婚を機に記者を辞め、義父のホテルを手伝っていた。ところが、ある不祥事をきっかけに、古巣の信央日報から徹底追及を受け、義父は失脚。不破は故郷を捨てて逃げ出した。
不破が追及する側と追及される側の両方を経験している点に注目したい。記者時代は正しいと信じて正義をふりかざしていた不破。ところが、自らが叩かれてみて、初めて疑問を抱く。これが正義なのか。自分がしていたことは正しかったのか。
かつての職場だったホテルは信央日報の息がかかっていた。救済の名の下に乗っ取られたのだ。現職市長も操り人形であり、7年の間に歪んだ支配構造ができあがっていた。やや誇張は感じるが、地方にはよくある話という気もしないでもない。
ある意味、中央省庁より手強い相手と言えるだろう。地元政財界のみならず警察にまで及ぶ王国の支配。加えて、未だに不破に恨みを抱く者は多い。立て続けに襲撃されるが、不破にはわからない。逃げ出した自分が、なぜこれほどまでに警戒されるのか。
このタイトルには痛烈なマスコミ批判が込められているが、「君」とはマスコミだけでなくネット上で正義をふりかざす我々も指しているのは明白だ。365日24時間、どこかで「炎上」している。マスゴミは信用できない。ならば、ネット世論に正義はあるか?
そんなメッセージとは裏腹に、パンドラの箱に迫る不破。小役人シリーズに共通の疑問を思い出す。誰のために? なぜここまで暴く? 不破に達成感など微塵もない。この結末の皮肉と苦い読後感。これだ。これを待っていたんだ。