高村 薫 05


マークスの山


2001/07/05

 未だに文庫化されていないために手に取らなかった本作『マークスの山』だが、知り合いから借りてようやく読んでみた。好き嫌いがはっきり分かれる作家だと聞いていたことも、読むのをためらった一因なのだが、これなら好き嫌いはあまりないだろう。

 昭和51年に南アルプスで蒔かれた犯罪の種は、16年後の東京で連続殺人として開花した。精神に〈暗い山〉を抱える殺人者、マークスが跳ぶ。元組員、高級官僚、そして……バラバラの被害者を結ぶ糸は?

 ネタばれになるので詳しくは書けないが、真犯人「マークス」は決してスーパーマンではない。犯行は周到どころかむしろ杜撰だ。にも関わらず、次々と増えていく犠牲者たち。打つ手もなく右往左往する捜査陣。

 捜査を妨げたものは、一体何か? それこそが本作の焦点であり、読みどころである。被害者を結ぶ糸と、合田(ごうだ)刑事を始めとする血気盛んな捜査員たちを結ぶ犯人逮捕という糸。前者は見えない。後者は重大事件でありながらあまりにも細い。外圧はかかる、足並みは揃わない、連携は悪い。さらには過去のミス。

 事件解決に向けて一致団結するのがあるべき姿だろうし、これが現実の話だったら世論が非難の集中砲火を浴びせるのは必至だ。しかし、こうした泥試合は大なり小なり現実に起きているのだろうし、こうでなければ刑事なんて職業は務まらないのだろうという気にさせられる。それほどにリアルで、なおかつ読者を惹きつける。男たちが罵り合う一方、どこかで認め合ってもいる点に注目したい。

 警察組織の人間模様をメインに描きながら、クライマックスではしんみりとさせてくれる。警察の描写に対して、「マークス」の描写が弱いという意見もあるだろうが、僕は対照の妙だと思いたい。「マークス」の描写まで濃かったらこの季節には辛いし…。

 本作には、いわゆる「どんでん返し」はない。実際、被害者を結ぶ糸には特に驚かなかった。だが、「本格警察小説」なのだからそれでも構わないのである。本作の売りは、あくまで男臭さにあるのだから。本当に女性作家の作品か?



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