辻村深月 05


スロウハイツの神様


2012/06/27

 まったく内容の解説になっていない西尾維新さんの文庫版解説が、実は本作の本質を的確に捉えているのではないか。本作を読み終えて、そう思った。

 脚本家の赤羽環がオーナーを務める「スロウハイツ」。元は旅館だったこのアパートには、映画、絵画、漫画など様々なジャンルのクリエイターの卵が集う。環以外にプロとして活動しているのは作家のチヨダ・コーキのみ。小説のみならず、アニメ化やグッズ化など多面展開されている彼の作品は、チヨダブランドとして絶大な人気を誇っていた。

 この現代版トキワ荘(作中でもそう称していた)とでもいうべきスロウハイツ、入居に当たっては、環の厳しい面接をクリアする必要がある。普通のサラリーマンでは面接すら受けられない。本気でクリエイターを目指していることが最低条件。例外が1人いるが…。

 厳選されたメンバーだけに、互いの信頼や結束は固いが、ぶつかるときは容赦ない。それぞれがクリエイターとしての自負の塊だ。言動だけなら物腰が柔らかい印象を受けるチヨダコーキも然り。そして自ら退去を選ぶ者もいる。

 誤解を承知で書いてしまうと、本作は赤羽環とチヨダ・コーキの物語と言っていい。その他の人物は、たとえスロウハイツの入居者であっても入る余地はない。一読者の僕などは、さらに蚊帳の外なわけだが。しかし、疎外感が不思議と不快ではない。

 売れっ子脚本家になるまで、波乱に満ちた人生を送ってきた環。一方、チヨダ・コーキはある事件の影響で一時絶筆していた。再び多忙を極めるコーキだが、その周囲では不穏な動きが…。スロウハイツの入居者たちは、自らの創作活動と並行し、2人のために一肌脱ぐ。プロとして成功した2人は目標でもあり、放っておけない存在だから。

 クリエイターは作品で評価されるべきで、人間性とかは関係ないと僕も思う。態度が傲岸不遜だろうと、作品で黙らせればいい。だが、環も、コーキも、他の入居者たちも、おそらくそれほど強くはない。ただ、このご時勢にあって、あまりにも純粋で、潔癖だ。

 ある入居者の行為を、僕は全面的に「悪」とは思えない。唯一クリエイターではない彼だが、その道のプロとして、信念をもってやった。彼なりにクリエイターの本気と対峙した結果なのだ。あまりにも眩しすぎるスロウハイツの面々。僕は嫉妬すら感じなかった。



辻村深月著作リストに戻る