和田 竜 01


のぼうの城


2010/11/08

 デビュー作にして第139回直木賞候補、2009年(第6回)本屋大賞第2位。面白い時代小説があるという評判は耳に入っていた。そして待望の文庫化。

 時代小説の中でも、戦国を舞台した作品は、激動の時代だけに物語が長期間にわたる場合が多いと思う。ところが本作は、教科書の片隅にも載らない一つの合戦だけを描いた、極めて短期間の物語である。ありそうでなかった時代小説ではないか。

 天下統一を目前にし、関東の北条家を今にも攻め落とさんとする豊臣秀吉。北条家の支城である武州・忍(おし)城を、石田三成率いる約二万の軍勢が包囲していた。対する忍城勢、わずか五百。開城以外の選択肢はないはずであった…。

 洪水でできた湖に浮かぶ島々に築かれた、忍城という特異な城。この城はもちろん、城代の成田長親も知らなかった。あまりの愚鈍さに、領民にまで木偶の坊を略して「のぼう様」と呼ばれる長親。それを泰然と受け流す、実に武将らしからぬ主人公。

 典型的な武士である正木丹波守や柴崎和泉守。兵書オタクの酒巻靱負(ゆきえ)。長親に思いを寄せる甲斐姫。そして領民。長親が頼りないが故に、逆に周りがどうにかしてやらなきゃと動く。かつてない武将像には違いない。のぼう様の本質とは何か。

 敵方である石田三成の描き方も興味深い。主に事務方であったため、武功を切実に欲し、大谷吉継の忠告に耳を貸さない三成。三成は、長親の得体の知れなさに恐怖したのではないか。それにしても、備中高松城の水攻めは聞いたことがあったが、それをはるかに上回る規模の水攻めが行われていたとは。忍城勢の、長親の対抗策は?

 一つ気になるのは、何々という文献によればとか、場所が現在の何市に当たるとか、解説がやたらと入ること。情報としての価値はともかく、正直興醒めした。現在の忍城は、残念ながら往時の面影をほとんど留めていないらしい。

 裏切りや寝返りが日常茶飯事だった戦国時代に、こんな男たちがいた。時代物は苦手という読者でも楽しめるだろう。でも、深みには欠けるかなあ。



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