若竹七海 05


火天風神


2006/08/13

 本作のBGMは、"PINK FLOYD"の名曲中の名曲"One of These Days"しか考えられない。「吹けよ風、呼べよ嵐」という邦題の方が有名か。余談だが、アブドーラ・ザ・ブッチャーとタイガー・ジェット・シンの入場テーマ曲としてプロレスファンには知られている。

 三浦半島の断崖近くに建つリゾートマンションには、様々な事情を抱えた人間たちが滞在していた。そこに、最大瞬間風速70メートル超という観測史上最大級の台風が直撃した。ライフラインは断たれ、陸路は遮断。孤立状態の滞在客は、恐怖のどん底へ…。

 若竹七海さんの初期の作品中でも、貴重な貴重な災害パニックものであり、是非とも読みたいと思っていた一作である。この度光文社文庫から復刊された。つい先日にも、各地で大雨被害に見舞われたばかり。やがて本格的な台風シーズンが到来する。

 九州在住の方には申し訳ないが、関東在住のためそれほど大きな台風被害の記憶がない。関東まで達する頃には勢力が衰えているのだから。しかし、「天災は忘れた頃にやって来る」と言うではないか。本作は『日本沈没』とは違い、現実に起こり得る話と言えるだろう。実際、ちょっとした雨や雪で、首都圏の交通網は脆さをさらけ出す。

 台風に加えて、火事が起きるし、マンションは欠陥だらけだし、悪い偶然が重なりすぎと思わないこともない。滞在客が天災をなめてかかり、わざわざ事態を悪化させているのは、天災パニックものの王道…なんだよねきっと。さらに死体が転がっている! 管理人がゾンビのように襲ってくる! ミステリーやホラーの要素もありのフルコースだ。

 それにしても、これだけ訳ありの人間たちばかりを集めて、しかもきっちり描き分ける力量はすごい。極限状態の中、ある者は自分が助かることだけを考える。ある者は己を奮い立たせる。死体を巡って疑心暗鬼に陥る。一致団結しているわけではないだけに、難易度はさらに高い。文庫で約500pとやや長いが、緊張感が途切れることはない。

 災害を乗り越えた人間たちが失ったものと得たもの。それは当事者にしかわからないのだろう。読み終えた読者は、ただ想像するのみ。



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