若竹七海 09 | ||
海神の晩餐 |
長らく横浜の顔だった氷川丸だが、みなとみらい地区の開発が進んでからはその座を譲った感がある。入場者数減少により、2006年12月25日をもって一般公開は終了した。本作の舞台は、そんな氷川丸である。ただし、時代は氷川丸が現役だった1932年。
まずは時代背景に注目したい。1932年3月1日、満州国の建国を宣言。中国では抗日・排日の動きが活発化し、欧米からの批判も強くなっていた。そんなご時世に、氷川丸の一等で横濱から晩香波(バンクーバー)へ渡るという資産家の3代目、本山高一郎。
乗船する前に、高一郎は友人の河坂から探偵小説の原稿を買い取っていたのだが、その原稿がタイタニック号沈没の際に持ち出されたものだという。ところが、何者かが高一郎の船室から盗み出そうとし、未遂に終わったものの結末部分を紛失してしまう。
解決編が失われた作中作の謎解きが、本作の一つの読みどころである。なるほど、確かにこれ以外に考えられない。こういう手は昔からの定番なのかねえ。これがメインの謎だったらがっかりだが、作中作の結末は船内で起きた「現実」の事件を示唆していた。
とはいえ、現実の事件にしてもそれほど魅力的な謎とは言い難い。日本の微妙な立場を自覚していない高一郎に共感できないことも、そう感じる一因だろう。敢えて苦労知らずを主人公に据えたのかもしれないが、背負っているものが何もないというか…。むしろ、高一郎の友人たちの方が興味深い。ある事件だけは、若竹さんらしさが出ていたが。
全体的に物語が起伏に欠けて、冗長に思える点も気になったが、10日間の船旅という設定上仕方ない面もあるか。見渡す限りの大海原。娯楽もないし船酔いは辛い。決して快適なだけではない、船旅の雰囲気が伝わってくる。それでも一等の客はいい。
タイタニック号が沈没した1912年4月15日未明に始まり、真珠湾攻撃直前の1941年11月3日に終わる。本作は、純粋なミステリーというより登場人物たちが生きた時代背景を堪能すべき作品かな。なお、氷川丸は現役当時の保有者である日本郵船の管理下に戻り、2008年4月25日より一般公開を再開している。氷川丸に末長く幸あれ。